上 下
32 / 34
最終章

第二王子

しおりを挟む
オーデルハインの力の秘密は簡単なもので、要は魔力を全置換。魔力を代償にして力を得るというもの。
だから、力に変換しても余りある程の魔力があれば。もしくは、後天的に魔力を譲渡されさえすれば。
多少の魔法なら使うことが出来る。
だから、俺がアッサリとオーデルハインの男児のくせに魔力があったのは特別なことでもなく。ただ力の変換で残った余り物で、それを後天的に譲渡された兄さんは魔法を使えた。

「という訳なのでオーデルハインでも魔法が使える方法ならあるんじゃないですか? と書いた手紙がこれです」
「それを母上と父上に渡して来いって? うん。嫌だね」
「コラ! 痛っ!」
ギャンッと吠えるフリィシュの顔面を強かに打った兄さんはそっぽ向いた。
おお、仲良くなってる。ちょっと感動。
キーンとはまた違った感じに仲が良くなっているようで弟としてはホッとする。
いや、胸をなで下ろしている場合じゃない。

「キーンのこと王様にするからつべこべ言わずに黙っていろ、という気持ちを込めて力の秘密を書いたのに……」
「愚弟め。僕とキーンは今絶交中だよ? あんなやつの為に何かしてやるなんて嫌だね」
兄さんがフリィシュが何か言う前にギリギリと関節技をキメながら気だるそうな顔でぼやいた。
いや、キマってるキマってる。
フリィシュの関節がどこにでも曲がる食玩みたいになっちゃう。
というかいつの間に絶交してたの?
知らなかったけど。
……もしかして兄さん編で作戦立てたのがキーンだから?それはなんというか根に持ちすぎというか。
「何もかもあいつの手のひらの上みたいで腹が立つ」
ああ、そういう。
ところでフリィシュが死にかけてるからそろそろ解放してあげて。死んじゃう。人生3回目始まっちゃう。

「兄さん、キーンは王様になりたくないのは変わらないので絶好の嫌がらせになるかと」
その言葉にあからさまに機嫌を良くした兄さんはパッとフリィシュを解放して俺の手から手紙をひったくった。
「仕方ない。愚弟がどうしても、と言うのなら兄である僕が叶えてやらないこともないね。うん」
「フリィシュ、おーいフリィシュ、生きてる?」
「……はがっ! おはようございます!」
「おはよう」
ちょっとフワフワしてるけど元気だね。うん。無事で何より。

「でも、あの二人だって罪悪感を抱いていない訳では無いからQから突然手紙が来たらそれはもう怯えて仕方ないだろう。仕方ないから僕が自ら足を運んで懇切丁寧に説明してあげようじゃないか。
行くよ、フリィ」
ん?
「おー、何だかよくわかんねぇけど美味そうなメシ食えそうな予感」
ん!?
箇条書きにしてツッコミたい所だけど黙ってよう。うん。ちょっとこの交友関係に首を突っ込みたくない。

「でも、フリィシュのことフリィって呼んでるんだ……」
「ははっ、Qが昨日ルエリアとキスしたことを弄らないであげた僕に今なんて言ったのかな? ん?」
「なんでもないですお兄様よろしくお願い致します」
「素直な子は嫌いじゃないよ」
好きでもないけどね。と言った兄さんに背を向けて早々に退室した。
「キス!? 今更!?」とフリィシュの大声が聞こえた気がしたけど気のせいだ。気のせい。
うん。

昨日、キスしてから普通に会話してまたお休みのキスをして部屋に戻った。
そして今朝、口紅を塗っている時に「あれ、俺。ルエリア様とキスした……!?」とまあ唐突に自覚した訳で。遅れて祭囃子を叩き出した心臓がやっと夕方になって落ち着いたところなんだからな。思い出させてくれるな。そうじゃなくても心臓のこの祭りは三日続きそうなんだから。

はあ、顔あっつ。
だめだ。落ち着かないと。
キーンは今日も特に変わった様子はない。つまりアルルはこれから頑張ってくれるんだから、こんな浮かれポンチのふわっふわな脳はアルルに申し訳ない。ちょっと喝を入れよう。
この時間帯に兄さんの出没地を彷徨く生徒は居ないし。よし。

ゴンッと壁に頭を打ち付ける。
あ、待ってやば壁凹ん
「……修理代はオーデルハインに請求するか? それともお前自身に請求しておくか?」
「……お、俺宛でお願い致します……」

まさか、キーンに見られているとは。気まずっ。

「ど、どうしたのキーン。こんな所で」
「こんな所で壁を損壊している人間に言われるとは思わなかった」
それもそうだ。
「……ごきげんよう」
「ごきげんよう」
ニコリと挨拶して仕切り直すと仕切り直させてくれた。ありがとう。でもどうしようかな。どうしたもんか。
こういう時キーンは厄介だ。
俺の何気ない話題から10を読み取ってしまう。
下手なこと言ったら警戒されるかもしれない。なんたってキーンが嫌なことをやろうとしているんだから。

「昨日、お前あの人の部屋行ったんだって?」
「はい。キスしました」
「……身内のそういう話は噂話でも聞きたくないんだが?」
「俺も言いたくなかったです」
震えながらそっと顔を両手でおさえる。
何言ってんだろう、俺。
キスで意識しすぎなんだよ。いやキスだぞ?意識するに決まってるわ。脳内お祭り状態にもなるわ。
でも申し訳ないという理性はあります。ごめんなさいね。本当にごめんなさいね。
「二度と言うなよ?」
「ハイ」
二度と言いませんともええ。
「あー、その。あの人にパーティで開会の挨拶するように言っといてくれ」
「開会の挨拶?」
顔から手を離して首を傾げる。
開会の挨拶って、生徒代表がする。つまり会長であるキーンの役割の筈で……待って。
前方方向からアルルが来てる。
ただならぬオーラを纏ったアルルが来てる。決戦の火蓋を切った顔したアルルが来てる。
俺めっちゃ空気読めないことになりそうな予感。

「ああ。例え今の生徒会長が俺とはいえ、第一王子を差し押して生徒を代表して開会の挨拶なんて出来るわけが無いだろ? だから、これを機にあの人を生徒会長にーー」
「キーン!」

タイミングよく、まるでそれ以上言わせないとばかりに鳴り響くアルルの声にキーンは閉口して後ろを振り向いた。
「エンヴァース? どうかしたのか?」
「どうしたもこうしたもない! 貴様が生徒会長にも関わらずその役割を全うする気がないと小耳に挟んだもので問いただしに来たまでだ」
ビシッとキーンを指さすアルルは真っ直ぐと言葉の通りにキーンしか見えていない様子で。

……ああ、どうもこうもないです。
多分ですけど、すごく嫌な予感なんですけど。これアルルくん俺のこと気づいてないね。
うん、完全に視線がキーンの顔に向いてますもの。今朝の動揺で今日は踵の低い靴を履いている俺の頭はいつもより低い。
なので、やや斜め下方を向かないと俺は視界に入らないですね。はい。居ないふり頑張りマース。

「エンヴァースなら言うまでもないと思って居たが、12月のパーティの開会の挨拶は当然生徒の代表がするものだ。第一王子を差し置いて、第二王子の俺がやる訳にはいかないだろう」
「ハンッ、第一王子を差し置いて生徒会長の座に着いておいて。随分遅い謙遜じゃないか。面白くない冗談だな」
煽りおる。
任せておいてなんですけど、アルル本当に大丈夫?本当に本当に大丈夫?
「元々生徒会長になんざなる気は無かったが……いずれ裏は俺、表があの人になるんだろう?
今からでも表舞台に立って貰わないと」
チラリと俺を考慮するような目線に静かに首を振った。
気にしなくていい。そんなの、みんな分かってる。

アルルはといえば、溜息を吐いた。深く、深く。どこまでも深く。長い溜息を。
そして、地を這うような声を出した。
「なめるな」
俺が、初めてアルルと2人きりになった時に吐かれた大蛇のような声だ。

「っ、は?」
初めて大蛇に巻かれたのか、キーンが珍しく動揺した声を上げた。
そうだね。だって君、沢山罵倒されたことはあってもここまでマジで来られたことはなかったでしょうからね。俺は編入初日にされたけども。

「エンヴァースは裁定者だ。王族に相応しいもの支持し、相応しくないものを教育する」
「王族の穢れである俺を教育するって? 血だぞ? 教育でどうにかなる訳がないだろ。諦めて王族から排除するべきだと俺は思うがね」
「僕が教育するのは、貴様のその根性だ」
アルルが、一歩踏み出す。
キーンは動かない。
「……は?」
「王族で、王位継承権第二位。そして国の縮図である我が校の生徒会長。
ここまで条件が揃っておいて何故、王になる資格がないと思っている?」
「俺は、不貞で出来た子で、」
「それがどうした」
アルルが鼻で笑う。
「そんなもので王になる資格がないと思っているのは貴様だけだ。いつまでそこに居るつもりだ」
「そんなものって、」
そんなものの一言で片付けられないことくらい、アルルが一番良く分かっているのを、キーンは分かっている。
「どうせ王になれない? なる資格がない? 笑わせるな。王位継承権第二位だぞ、貴様は。出生を盾に好き勝手するのは終わりだ」
「俺は王には、」
「忌み子だ穢れだと予め自分を卑下していれば傷付かずに済むだろうな、出来なくてもどうせ出生のせい。王になれないんじゃない、ならないとお利口に自分の立場を理解したつもりか?
ハッ、最高に格好の悪い言い訳だな。無様にも程がある」
「何が言いたい」
「貴様はもう少し格好良い奴だと思っていたが?」
どうしよう。普通にいいシーンなんだけど、普段のキーンをめちゃくちゃカッコイイと思っているやつがなんか言ってる……としか思えない。すまんアルル。俺の前で繰り広げさえしなければシリアスだったろうに。
でも?まあ背中を押すことくらいは?出来るので。

「遠慮するだろうが。普通。
俺は恵まれすぎている。第一王子にだけ向けられるはず、与えられるはずだったものを俺が奪ったんだ。王位まで奪う訳にはっ」
バシンッ
「ばかに、するなよ」
つい手が出た。
アルルに俺の存在がバレてしまったけど仕方ない。
だって、ルエリア様を侮辱するのは許せない。
「お前が純粋に王になりたくないんなら、謝る。
でも、王にならない理由がルエリア様に遠慮するっていうのだったら。バカにすんなよってぶっ叩くしかない」
「……叩いてから言うな」
それはごめん。全力で手加減したし服を叩いただけだから痛くないだろうけど、ほんとごめん。
続けてどうぞ、とアルルに目配せすれば睨まれた。ごめんて。

「はあ。僕には貴様が王になって、周りから出生についてとやかく言われることが嫌で駄々をこねているだけに見えるが?」
どうやら図星のようで。
キーンが1歩下がろうとしたので、その背中を押した。
逃げるな逃げるな。
そうやってフリィシュに兄さんをどうにかさせたんだから、自分だってどうにかなるべきだ。

「……母さんは、色狂いだし誰にでも股を開いていたし人類全てが好きだなんて言うおかしい人だった。結局、全てに愛情をばらまいた母さんは誰からも愛情を返してもらうことはなかった。
だから、俺くらい。母さんが好きでもいいじゃねぇかよ。母さんを悪く言われたくないって思っても、いいじゃねぇか」

ああ、そうか。わざとだったのか。
わざと、自分で出生をひけらかして線を引いていたのか。ここまでの罵倒なら許す。これ以上は言わせないと。
度の過ぎた自虐に引いてしまって、ほとんどの人はこれ以上の嫌味と皮肉は言えないから。

「貴様は、なんとも教育しがいがある」
「は?」
「黙らせろ。そんなもの。いや、僕が黙らせてやる。
僕が宰相になって、貴様が王になるなら。そんなもの黙らせることなんて簡単にできるだろうが」

アルルの言葉がキーンに響いたのか。キーンの気持ちに整理が着いたのか。
「あー、くそ」
ガシガシと頭をかいたキーンはアルル手を向けた。

「なってやろうじゃねぇかよ、王様。
ちなみに俺が王になった暁には、いずれ王政を終わらせる気だが?
降りるなら今だぞ」
「ハッ。丁度、貴族が多すぎると思っていたところだ」

ペチンッとキーンの手を頼りがいのあるようでない音を立ててアルルが叩いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

冤罪のことを謝る前に彼は死んでしまった。そして俺は転生した。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,779pt お気に入り:7

超能力者ですけどなにか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:418pt お気に入り:2

オジサン好きなDCが村祭りの儀式に参加する話

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:163

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:5,700

処理中です...