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学校の章

クソゲーはヒロイン

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実はキーンが屋敷に来てから3ヶ月後に俺は学園の敷地に足を踏み入れた。
準備期間が必要だったからだ。
決して兄上が妨害してきた訳では無い。
兄上が休日の度に帰ってきては「Qがここから出るのは嫌だけれど、ここが帰る場所だって分かってるもんね?」と洗脳のようにブツブツ言い続けたのは何も関係ない。

準備というのは女装と令嬢の振る舞い方のお勉強だ。
14歳とも来れば社交界デビューとかそういうことをしないといけないはずだし、学校の行事でキーンと踊る可能性もある。
俺と使用人たちだけだと限界があったが、俺たちが考える最強の淑女になっているはずなので今度お見せしよう。

そして、4年ぶりの女装は昔より大変だった。
俺の顔が最高にかわいいのは変わらない。体つきの問題だ。

男女の差というものを意識したことはなかったが、顔の骨格とか胸部やらくびれ、声の高さなど様々。
声は発声練習でどうにか出来た。俺のCVが優秀で良かった。俺のCVとは。
顔は横髪でえらの部分を隠したしメイクもちゃんと教えてもらったので一人でできるようになった。
ちなみに髪の毛は伸びたので今回は自前のものを使っている。サラサラキューティクル。

さて、問題は喉。
ぼっこりと出っ張た喉仏という存在は無理やり押し込めば萎むようなものでは無い。パッと見そこまで目立つわけでもないので令嬢の喉を見て興奮する人間が居なければバレないと思うが、不安ではあったのでチョーカーを巻いた。
とりあえずのチョーカーを巻いている姿を見た兄上が次の日チョーカーをプレゼントしてきたのでなんだか複雑な気持ちで兄上印のチョーカーを巻いている。首輪じゃないって信じてる。

そんなこんなで3ヶ月もの期間をかけて作り上げれれた俺は超絶かわいい令嬢だ。
かわいすぎたのが問題だったのだろうか。
編入初日に変態から変に好かれてしまったのは。


しかも、それがこのクソゲーのヒロインなはずの男だとは夢にも思わなかった。
なんだこの悪夢。夢なら醒めてくれ。
クソゲーとはいえ信じていた乙女ゲームが転生したらBLゲームだった件について。というタイトルで俺は自伝小説をウェブにアップしなければならないのだろうか。
いい加減にしろ。

「貴女の性の狩人ですが、フリィシュとお呼びください」
完全に無視して歩くのを再開したのに、コイツは着いてきた。そういうゲームじゃねぇから。
あとさっきからキリッと言っているけれどもしもこれが口説き文句であるなら即刻消滅した方がいいと思う。
頼む。スタートからやり直せ。セーブデータはこっちで破壊しておく。

はあ。
思わず深くため息を吐くと背後で深呼吸する音が聞こえた。
不快だ。こんな僅かな動作で一気に不快にさせられることがあるだろうか。
どうしよう。初めての変態との遭遇~性被害入門編~と言ったところだろうか。やかましいわ。

また惚れられてしまったということに罪悪感がない訳では無い。
それで何も言わずに一度この世で最も尊い方を傷付けてしまった身としては、どう振る舞うのが正解なのか測り兼ねると言ったところだ。
しかし、変態に対して容赦というものは必要だろうか。

例えこのゲームの主人公であろうと。逆らうことは重要なのでは?
そうだ! 俺は悪役令嬢。主人公に逆らうこそ本業だ。

「申し訳ございません。私、貴方のような方と関わり合いになりたくありませんの」
「なるほど。交わり合いになりたい、と」
全国の女性はこんなに不快なセクハラに耐えて生きてきたのだろうか。俺は無理だ。今にもグーが出る。
脳内の兄上が『僕らが手を出すと人は簡単に死んでしまうからね。戦う時は言葉からが基本だよ』と言っている気がする。実際の兄上は助言なんてもの絶対しないからクソゲーで見たジュタなのかもしれない。

くるりとターンし、変なSEをヒールを打ち鳴らして相殺させると高らかに声を上げた。

「先程からの無礼なお言葉、それは私が名高きオーデルハイン家の令嬢だと知ってのことかしら!」
「声かわいいね」
「きも」
こっちは大ゴマぶち抜く気持ちで言ってんの。ちゃちゃ入れないで。
思わず睨むと、鼻の下を伸ばされた。
二度としないで。
俺の相棒はそんな顔しない。というかそもそも変なこと言わない。

「ん? オーデルハイン? なんかどっかで……ああ! 悪役令嬢!」
ピンと立てられた人差し指を向けられ、なんだか居心地が悪い。
なんだかさっきよりも激しい嫌な予感がする。脳がもうやめてよォ!と叫んでいる気がする。
本当にやめて欲しい。

「そうだったそうだった。実際に乙ゲに出てくる悪役令嬢まとめサイトに居たわこんな子! 通りでなんか抜いた記憶があ」
「その俗物的な発言を今すぐやめていただきたいのですが」
危ねぇ今何言うところだった殺すぞ。
「なあ、もしかしてお嬢も転生者?」
「はい?」
「悪役令嬢って大抵転生してんじゃん!」
全世界の悪役令嬢に謝れ。
果たしてこの世の乙ゲに悪役令嬢が在籍しているのかは分からないが、悪役令嬢が転生するのは通説ではない。彼女らは真面目に悪役をしている。
まあ、俺は転生してるけど。説得力の欠片もねぇな。
「悪役令嬢ってさ、絶対狙い目だと思ってたんだよな~。だって最高の容姿に取っ付きやすい現代っ子の中身が詰まってるんだぜ?
オレもさ転生してすぐこの世界が二次元的世界なのは分かったけど、どこの世界かまでは分かんなくて。悪役令嬢がいるんなら悪役令嬢ものだよな。
はっ! もしやオレは攻略対象の一人か!?」
「テメーはヒロインじゃボケ」
周りに誰もいないことをいい事に胸ぐらを掴んで引き寄せ、その無防備な鼓膜に地を這うような声を響かせた。こんな声初めて出した。

「はっ!? はぁっ!?」
耳を抑えて飛び跳ねて距離を取るピンク頭についつい冷ややかな目を向けてしまう。
はあ。
キーンから当然婚約者候補の振りをしろと言われている訳であって。
正体をばらすなんて普通ありえないのだが、これは仕方ないとして許して欲しい。
こいつの首がポロリするのと、俺の口がポロリするのどっちがマシかって言ったら後者だろうし。だよな?そうだよな?

「えっ? えっ、オレがヒロイン? ヒロイン? アタイヒロイン? そして待って、おと、おとおとおとおとおと?」
落ち着け。
「男の娘ですが。
私はかわいいかわいい悪役令嬢にございます故、慎んでくださいまし」
唇に人差し指を当ててニッコリ微笑む。
そうこれは『余計なこと言いふらしたら殺す』のハンドサイン。みんなも覚えておくといい。
「ひゃい」
チワワのように震えるフリィシュが良い返事をしてくれた。
うん。まあ良しとしよう。大変不快な目に遭わせられたが同郷なんてそうそう居ないし。
彼については今のところマイナスイメージでしかないけれど、俺は主人公ちゃんと沢山のセーブデータの屍を越えてきた仲だ。それを考慮してやろうじゃないか。

「それはそれであり」
だから、俺は寛容なのでその呟きは聞かなかったことにしてやる。



ワイシャツのボタンを締めさせて、仕方なく隣を歩くことを許可してやることにした。
というか、俺は職員室に向かうけれどこいつは何。何でここにいるんだろうか。
遅刻にしてはこんな時間に遅刻するならいっそ休むだろうし。
「アタイがヒロインって、お嬢はこの世界を知ってるのか?」
「乙女ゲームですが、大変酷いと有名でしたのでプレイさせていただいた程度ですわ。
あとヒロインポジションと言うだけで一人称を変えなくてもよろしくてよ」
無駄に形から入るな。お前はもう頭と目以外完全にヒロインから乖離した存在。淫獣Xのような存在なのだから。
「はえー」
聞くところによるとフリィシュはこのゲームをプレイしたことはないらしい。
現代っ子の内面を持つ悪役令嬢という高貴な美人が性癖という嫌なカミングアウトと共に、そういうキャラのまとめサイトを見てオーデルハイン嬢を知っていたと告げられた。
プレイもせずに二次創作を見るのはどうなんだと言えば、あんなクソゲープレイする機会があるとすれば地獄の刑罰だろと笑われた。
俺お前嫌い。

「てかさ、オレがヒロインってことはこれから男たちをバッサバッサと攻略するの? オレは女の子が好きなんだけど」
「偏見で発言してもよろしくて?」
「いーよ?」
「そういうことを言うキャラって大抵受けになりますわね」
深夜アニメでそういうの流れがあった気がしなくもない。
「イヤァ!」
ビターンと後ろに倒れる活きのいい鮮魚。うるさ。
こんなオーバーリアクションでよくこの学校でハブられなかったな。
あ、いやクソゲーくんでは主人公は唯一の平民だから虐められてるんだっけ……虐めてるの俺やん……。
じゃあ虐められてないコイツはただただ遠巻きにされているなんだろうな。
どうする?虐めておいた方がいい?

「オレは……BLゲームの世界で女の子と子宝エンドを迎える為に一体どうすれば」
「例えバッドエンドでもそんなエンド用意していたら製作者は干されているかと」
別に腐男子ではないからBLゲームがどうかは知らないけど。
百合の中の男の扱われ様は知っているけれど、薔薇の中の女はどんな扱われ様なのかは知らん。

「そもそもの話ですが、このゲームが乙女ゲームからBLゲームに切り替わったとは限りません」
「え?」
「このゲームの事象が全て意図されたものでは無いということですわ」
この世界はクソゲー。
乙女ゲームをBLゲームに作り替えていると考えるよりも、俺はバグだし、コイツもバグの可能性を考えた方が正解に近い気がする。

このゲームは魔法の言葉『製作者はそこまで考えていないと思うよ』を念頭に置かなければならない。
だってBLゲームなら俺が女で生まれてきた方が物語に深みが出るし。

「ゲームの世界だと意識せずに素直に生きられる事が、一番よろしいかと思いますわ」
「そっか、そうだよな! オレはかわいい嫁と10人の子供に囲まれたいこの夢を諦めないことにする!
まあ、いざとなればオレが突っ込めばいいんだしな!」
「どういう結論?」

溌剌とした笑顔で元気にグルグル走り回らないで。ハーネス付けるぞ。ハーネスってこの世界にもあるんだろうか。あって欲しいけど、あったら兄上に俺が付けられそうで嫌だ。ないであれ。

ちなみに自己紹介はしたが、お嬢と呼ぶことにしたらしい。
オーデルハイン嬢を略してオ嬢なのか、男の娘の嬢を略して男嬢なのか。どっちでもいい。

フリィシュはよくある陰キャの癖に変にウェイな感じだ。
俺は根明だけどウェイではないからな。本当にこんなことが無ければ関わりたくないタイプで笑う。


……さて、置いてくか。
元気に走り回って行った方向は職員室じゃないし。わざわざ連れ戻して一緒に職員室に行くとかちょっと分からない。
コツコツと歩みを再開すると「ワァー!オレを置いてくなんて悪逆非道の悪役令嬢かー!」と叫ばれた。悪役令嬢だけども。
いや、そもそもお前職員室に何の用もねぇじゃん。


「中々来ねぇなと思って来てみれば……どういう状況だ?」
……さあ?

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