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第七章:

幕間:その頃のどこか

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 「……うううううう~~」

 室内に、ぐすぐすとすすり泣く声が響いていた。たまに鼻をすする音も混じっているが、それは敢えて聞かないことにする。

 「お、クリアした? どうよ相棒、待望の追加エピは」

 「最高ですぅぅぅぅぅ!!! ありがとう『エトクロ』制作陣一生愛す~~~~」

 「でしょー? 配信と同時にゲットしてよかったねえ」

 入りながら一声かけたところ、すすり泣きがむせび泣きに進化した。コントローラーを握りしめて感極まっている友人の背中をぽんぽんやりながら、微笑ましい気持ちで見守る部屋の主である。この子ったら本当に好きだなぁ、このゲーム。

 高校入学早々、自分が勧めたちょっと異色の乙女ゲームにドはまりし。特にファンの間でも薄幸すぎると評判だったライバル令嬢を、命がけくらいの勢いで激推していた彼女である。この度満を持して配信された追加エピソード――にしてはとんでもない激厚かつ激アツストーリーだったが、とにかくそれが心の琴線に触れまくったようだ。善哉善哉。

 「いやあ、それにしてもやるわねースタッフ一同。アンリエット救済しつつ、あれこれ残ってた伏線とかほぼ全部まとめて、ついでに新キャラと新設定出して、さらにはみんなのトラウマ『デスハニークエスト』まで混ぜ込んで決着まで持ってったもんね。さては最初っから狙ってたな? シナリオの人」

 「何だっていいよもう! とにかくアンリエット、いやうちではイブマリーだけど、生きてて良かったし幸せそうでもっと良かった!! グローアライヒで幸せんなってねええええ」

 「ほいほい、わかったってば。しーちゃん、ほらティッシュ」

 「ありがとみっちゃん~~~」

 あんたは結婚式場の新婦友人代表か。思わず脳裏でツッコミを入れるくらい感涙にむせんでいるしーちゃん、本名は志織だが、とにかくそろそろ泣きやんでくれまいか。とりあえず落ち着いてもらうため、持ってきたジュースを渡してティッシュの箱を差し出すと、マンガみたいな勢いで鼻をかんでいた。そういや花粉症だったな、君は。

 「はー、ホント良かった……元パーティは言うまでもないけど、『紫陽花』の子達もみんな可愛いしカッコいいし……全員分の生得魔法スチル、新規実装してるってどゆこと? いや眼福でしたけども、特に若旦那」

 「私の影響で和物好きだもんね、しーちゃん。そして重度の声フェチでしゃべり方フェチ」

 「ぐはっ!? なななななんでそれを!!」

 「わからいでか。ショウさんがしゃべってるときガン見してたでしょーが、液晶を」

 「うわああああバレてたああああああ」

 「うははは! 照れるな照れるなー」

 座っていたベッドに身を投げ出し、転げ回って照れるオタ友の頭を撫でくり回す。こういうゲームを勧めといて何だが、この子はほんっとに純粋で初心だなぁと感心してしまう。なんせ、ラブいシーンでは一緒になって紅くなるくらいには純情なのである。そりゃあああいう真面目で誠実なキャラがお気に召すだろうな。

 「ほいほい。感動の余韻には浸り切ったかい? そろそろ次行ってみたいんですけど」

 「……え、なんかあるの? 今一生分のお年玉もらったよ、わたし」

 「ほんっとーに省エネに出来ちょるね!? もっと貪欲に行こうぜ親友! 公式様からホットすぎる情報をゲットしたんよ、私は!!」

 謙虚すぎる友人に、ついつい方言交じりになりつつスマホを取り出す。ついさっきLINEで回ってきた、燦然と輝く(オタクの目にはマジでそう見える)公式の発表を、印籠みたいにばーんと掲げて、

 「聞いて驚け見て笑え!! 『エトワール・クロニクル』、続編が絶賛開発中!! ついでに発売予定日は今年の秋!! さらに、さっきまでやってた追補編のデータを読み込ませると、登場キャラとかレベルとか親密度とかがそのまんま引き継がれまーす!!」

 「やっぱり神様だったー!!!」
















 《…………じゃあ、会えるね。よかった》

 大騒ぎする女子二人の、うんと近くて遠いところ。

 ひっそり呟いた小さな声は、誰にも聞き咎められることなく空気に溶けて、ふっと消えた。
 


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