328 / 372
第七章:
幕間:その頃のどこか
しおりを挟む「……うううううう~~」
室内に、ぐすぐすとすすり泣く声が響いていた。たまに鼻をすする音も混じっているが、それは敢えて聞かないことにする。
「お、クリアした? どうよ相棒、待望の追加エピは」
「最高ですぅぅぅぅぅ!!! ありがとう『エトクロ』制作陣一生愛す~~~~」
「でしょー? 配信と同時にゲットしてよかったねえ」
入りながら一声かけたところ、すすり泣きがむせび泣きに進化した。コントローラーを握りしめて感極まっている友人の背中をぽんぽんやりながら、微笑ましい気持ちで見守る部屋の主である。この子ったら本当に好きだなぁ、このゲーム。
高校入学早々、自分が勧めたちょっと異色の乙女ゲームにドはまりし。特にファンの間でも薄幸すぎると評判だったライバル令嬢を、命がけくらいの勢いで激推していた彼女である。この度満を持して配信された追加エピソード――にしてはとんでもない激厚かつ激アツストーリーだったが、とにかくそれが心の琴線に触れまくったようだ。善哉善哉。
「いやあ、それにしてもやるわねースタッフ一同。アンリエット救済しつつ、あれこれ残ってた伏線とかほぼ全部まとめて、ついでに新キャラと新設定出して、さらにはみんなのトラウマ『デスハニークエスト』まで混ぜ込んで決着まで持ってったもんね。さては最初っから狙ってたな? シナリオの人」
「何だっていいよもう! とにかくアンリエット、いやうちではイブマリーだけど、生きてて良かったし幸せそうでもっと良かった!! グローアライヒで幸せんなってねええええ」
「ほいほい、わかったってば。しーちゃん、ほらティッシュ」
「ありがとみっちゃん~~~」
あんたは結婚式場の新婦友人代表か。思わず脳裏でツッコミを入れるくらい感涙にむせんでいるしーちゃん、本名は志織だが、とにかくそろそろ泣きやんでくれまいか。とりあえず落ち着いてもらうため、持ってきたジュースを渡してティッシュの箱を差し出すと、マンガみたいな勢いで鼻をかんでいた。そういや花粉症だったな、君は。
「はー、ホント良かった……元パーティは言うまでもないけど、『紫陽花』の子達もみんな可愛いしカッコいいし……全員分の生得魔法スチル、新規実装してるってどゆこと? いや眼福でしたけども、特に若旦那」
「私の影響で和物好きだもんね、しーちゃん。そして重度の声フェチでしゃべり方フェチ」
「ぐはっ!? なななななんでそれを!!」
「わからいでか。ショウさんがしゃべってるときガン見してたでしょーが、液晶を」
「うわああああバレてたああああああ」
「うははは! 照れるな照れるなー」
座っていたベッドに身を投げ出し、転げ回って照れるオタ友の頭を撫でくり回す。こういうゲームを勧めといて何だが、この子はほんっとに純粋で初心だなぁと感心してしまう。なんせ、ラブいシーンでは一緒になって紅くなるくらいには純情なのである。そりゃあああいう真面目で誠実なキャラがお気に召すだろうな。
「ほいほい。感動の余韻には浸り切ったかい? そろそろ次行ってみたいんですけど」
「……え、なんかあるの? 今一生分のお年玉もらったよ、わたし」
「ほんっとーに省エネに出来ちょるね!? もっと貪欲に行こうぜ親友! 公式様からホットすぎる情報をゲットしたんよ、私は!!」
謙虚すぎる友人に、ついつい方言交じりになりつつスマホを取り出す。ついさっきLINEで回ってきた、燦然と輝く(オタクの目にはマジでそう見える)公式の発表を、印籠みたいにばーんと掲げて、
「聞いて驚け見て笑え!! 『エトワール・クロニクル』、続編が絶賛開発中!! ついでに発売予定日は今年の秋!! さらに、さっきまでやってた追補編のデータを読み込ませると、登場キャラとかレベルとか親密度とかがそのまんま引き継がれまーす!!」
「やっぱり神様だったー!!!」
《…………じゃあ、会えるね。よかった》
大騒ぎする女子二人の、うんと近くて遠いところ。
ひっそり呟いた小さな声は、誰にも聞き咎められることなく空気に溶けて、ふっと消えた。
1
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇
藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。
トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。
会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
婚約破棄の場に相手がいなかった件について
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。
断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。
カクヨムにも公開しています。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる