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第七章:
ごきげんよう、『六連星』⑦
しおりを挟むぱんぱん、と手をたたく音がして、振り返った先ではシェーラさんが呆れ顔をしていた。現役時代、何度もこういうやり取りをしていたんだろうなぁ、という砕けた調子で、堂々と話に参加してくる。
「はいはい、だから二時間近く稽古つけたんだろう? 身につまされるのはよーくわかるけど、その辺で勘弁してやんなよ。
それよりほら、済ませなきゃいけない用事があるんだろ」
「だからそういうわけでは、……はあ、もう良い。イブマリー殿」
「は、はいっ」
「其方にこれを。直接本人に渡してほしい、と言付かったものだ。東邦の字だが、判読出来るだろうか」
懐から取り出した、丈夫そうな紙でくるんだ細長い包みを差し出しながら、親切にも気遣ってくれるロウさんである。こういう優しいところ、本当に親子でそっくりだなあとこっそり感動しつつ、そっと受け取って開いてみる。もうひとつあった包み紙の上に、細くて優雅な筆の字で書いてあった。
【白亜の都 琥珀の公爵様方 一の御ひい様へ】
「……はくあのみやこ、こはくのこうしゃくさまかた、いちのおひいさまへ? で、いいんでしょうか」
「うむ、問題なさそうだな。もし読み難いところがあれば、うちの倅にでも聞くと良い。其方のためならば喜んで答えようほどに」
「父上っ!?」
「腹を括らんか愚息。剣の腕前はまあ置いておくとして――」
(ん?)
喜んで答える、って辺りで、ロウさんが再び腕を組んだ。と思ったら、肘の陰で右手の指――人差し指と中指をそろえて、刀みたいな形にする。そのまま普通に話を続けながら、自然な動作でショウさんの方に身体をずらして、完全に窓に背を向ける格好になった。
と、思った瞬間、
「――縛!!」
がん! ごろごろごろっ――どがしゃあっ!!
「あ゛~~~~~~っっ!?!」
「……えっ? 今のまさか」
勢いよく、それこそ刀を振り抜くみたいな鋭さで、右手を薙ぎ払いながら一喝した。ほとんど同時に屋根の上から、何かが盛大に倒れて転がり落ちるような音が響き渡って、すぐそこの庇の上に大きなものが降ってくる。急いでみんなと確認すると、
「あ、やっぱりスガルさんだった。大丈夫ですかー」
「な、なんとか~……もーっ、今のうちに逃げようと思ってたのに~~」
今日も全身灰色の装束姿で、顔もきっちり隠しているショウさんの知り合いなお兄さんがいた。なぜか縄で縛られたみたいに両手両足がくっついていて、まったく身動きが取れない様子だ。これはたぶん、いや十中八九間違いないな? さっきロウさんがやったやつだ。
「逃げおおせられるとでもお思いか? 出掛けにそちらの長老衆から頼まれて参った、見つけ次第連れ帰るようにと」
「えっちょっと待って!? 報告はちゃんとしたでしょ、何で強制送還確定なの!!」
「何でも何もありますまい! 郷を出て以来無しのつぶて、やっと文を寄越したかと思えば、よりにもよって御禁制の蜜酒造りの片棒なぞ担いでいようとは……!!
長殿がお怒りでござる!! 即刻お戻り願いますぞ、若!!」
「「「「若ぁ!?」」」」
やっぱりござるって言ったー!! しっぶい声で堂々と言われるとめっちゃカッコいいなー!!!
内心盛り上がるわたしと、あのお兄さんそんなにエラかったの!? というみんなの驚きの声を黙殺して、ロウさんが術でぐるぐる巻きにしたスガルさんをひょいっと担ぐ。
どこからともなくざああっ、と涼しい音がして、窓の真下から現れたのは透明な龍だ。全身水で出来ていて、ウロコも角もたてがみもきれいに透き通っている。触ろうとしたらざぶん、と行きそうなものなのに、ロウさんは迷わずひょいっと飛び乗ってみせた。
「女将、慌ただしくて済まぬ。目を離した隙に逃げられるゆえ、このまま船まで連れて行く。世話になったな」
「何言ってんだい、水臭い。今度は奥さんも連れといで!」
「私も久々に会いたいなー。とりあえず気を付けて帰ってね!」
「しばらくぶりに顔が見れて良かった、また手紙を書くよ。……子供たちを見ていたら、なんだか昔の話がしたくなってきた」
「……東邦は遠いゆえ、すぐには返せんぞ。返信は気長に待て。
それから倅」
「はいっ」
「――譲れぬものが出来たならば、奮えよ。宵月」
「……はい!!」
今までで一番いい返事をしてみせたショウさんに、お父さんはちょっとだけ笑ったみたいだった。すぐに菅の笠を被ってしまったから、はっきりとはわからなかったけど。
「然らば各々方、これにて御免!」
「お世話になりました~~~~」
きりっとしたのと間延びしたの、二人分のあいさつを置き土産にして、水の龍が勢いよく舞い上がる。そのまま港の方を目指して真っすぐ空を翔けていって、すぐに家々の屋根の向こうに見えなくなってしまった。
「……あー、もう行っちゃった。なんか残念」
「ねー。もっとお話ししたかったなぁ」
「ま、これで最後ってわけじゃないさね。とにかく昼食にしようか、身体動かしてた二人のために大目に仕込んでるからね」
「え、ホント? てことはなんか煮込むやつか、俺好きなんだよなぁ」
「おれもお手伝いします!」
「あっわたしも! お父さんお母さんは座っててね! ティノくんたち、見張りお願い」
『はあーい!』『ふぃー!』『こんっ』
「ええー、私も一緒にお料理したいのに~」
「まあまあ。また邸ですればいいだろう?」
わいわいがやがや、って擬音語は、こういう場面にこそふさわしいんだろうなぁ、という賑やかさが居間にあふれる。何だかあったかくてくすぐったい気持ちがこみ上げてきて、わたしはつい、そばに立ってたショウさんの腕をぐいっと強めに引っ張った。……ん? 照れ隠し? 何とでもおっしゃい。
「ほら、ショウさんもいっしょにやりましょう! あとでお手紙も読みますよっ」
「……はい。喜んで」
テンション高めに振ったわたしにも嫌な顔一つせず、というか、むしろとっても嬉しそうにはにかんだ笑顔で、我らがリーダーは応えてくれたのだった。
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