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第七章:
おめざめですか、イブマリー⑦
しおりを挟む「今までの経緯と、ランヴィエルの現状については概ねそんなところだな。他に何か、気になっていることはあるかな?」
「ええと……」
《……そうね、むしろもう休んでいただきたいわね、ええ》
ユーリさんほどではないにしろ、やっぱり話が進むにつれて元気がなくなっていた公爵さんが仕切りなおすように言ってくれる。心の中で大丈夫かなぁとつぶやいたところ、脳内のガワの人からも全く同じトーンで返事があった。うん、ホントそれ。
じゃあひとまず、最後にこれだけ。出来るだけ早く伝えたほうがいいやつだろうし。
「あの、ジョナスのおっさ……じゃない、ヨナスってひと? が、むかーし北にあった国の末裔だったって聞いたんですけど」
「ああ。我々もオズヴァルド殿から伺って、さすがに驚いたよ。……彼が、どうかしたかい」
なんせ誘拐の実行犯じゃないかもだが、作戦指揮を執ったのは確実にあのおっさんだ。思い出すのすらイヤに違いないし、わたしにだって思い出してほしくないだろうし、実際とても複雑そうな顔になった公爵さんである。申し訳ない気持ちになりつつ、そしてユーリさんがいつバーサクしてもいいように身構えつつ、わたしは出来るだけ慎重に切り出した。
「ええと、別空間に引っ張り込まれたとき、なんかエラそうにいろいろ喋ってたんですけど。そのとき『地所に帰還する』って言ってたんです。もうランヴィエルに用はない、って。
でもそもそも、北の国が滅んで何もなくなったから、よそに逃げてきたんですよね? こっちの王家に仕返しするっていう、ほぼ最大の目的だって果たしてなかったのに」
あの言い方だと復讐を諦めたとか、そういうプラス方面への心変わりでは絶対にない。現に黒いカーテンみたいなやつを呼んできたの、あれって確実に魔力を増幅するための術だったし。『紫陽花』のみんなと元パーティ、そして公爵さんたちが頑張ってくれなかったら、きっと危なかったはずだ。
そして、ああいう規模の大きい術を使うためには、それ相応の対価が必要になる、というのが『エトクロ』世界の常識だ。それは魔力だったり、道具だったり、時間だったりと様々だけど、わたしが王家に嫁ぎ損ねて権力を握れなかったおっさんにはいくらも残っていなかったはずで。ということは、
「……何か、新しくアテが出来たのかな、と」
「協力者だか伝手だかが増えた、ってこと!?」
「具体的にどういうのかはちょっと。ただあいつ、冥府寄りの幽世に侵入して、アスフォデルの蜜でお酒作ろうとしてました。未遂でしたけど」
「アス……っ、ヴィクトルさん! 廊下にいるわね!?」
「――はい、奥方様」
「戻ったばっかりで申し訳ないけど、今すぐ王都に連絡して。具体手にはお義兄様とオズヴァルドさんよ、急いで!」
かしこまりました、と落ち着いた声が答えて、廊下を靴音が急ぎ足で遠ざかっていく。それが完全に聞こえなくなってから、椅子から立ち上がっていたユーリさんはようやく席に戻ってくれた。肺が空っぽになりそうな巨大なため息が聞こえてくる。
「はあああ……よ、よかったぁ不発で……!!」
「……相当ヤバいやつだったんですね、やっぱり」
「ヤバいなんてもんじゃないわよ~……でもそれ、イブマリーたちが止めてくれたのね? ありがとうね、ホント」
「えっ!? ええっと、はい、まあその……あははは」
止めたっていうか、結果的にそうなっただけというか、あれはほぼショウさんのおかげというか。でもその辺を口にすると、もれなくスガルさんの話もしないといけなくなる。忍者って基本的に裏方担当で、顔とか名前とかが出回るのはまずいはずだしなぁ。
引きつり笑いでごまかしながら、膝の上でおとなしくしているティノくんたちに目を向けたら、前足や翼を口の上にちょこんと乗っけて『ぼくたちも言わないー』というポーズをしてくれていた。うんうん、今日もうちの子たちがお利口でかわゆい。
「――さて、病み上がりに長々と居座って済まなかったね。今日はもう休んでいなさい。ヴィクトルが戻ってきたら、また改めて知らせよう」
「何か欲しいものがあったら言ってね? 遠慮とかいらないからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
律儀に言いおいて立ち上がり、部屋を出ていこうとするご夫妻にぺこ、と頭を下げたときだ。頭の中で、しばらくぶりにガワの人の声がした。
《……ねえ、イブマリー。やるなら今なんじゃなくって? ほら、あれ》
(あっ)
秘密を耳打ちする子供みたいな、いたずらっぽい口調にピンときた。あ、オッケーが出たってことで良いんですね? よし、そんじゃ思いっきりぶちかましますよ!
「あの、お休みなさい。えっと、…………お父様、お母様」
《よしっ!》
……で、出来たああああ!! 生まれて初めてしたよこの呼び方!! でも実際に口に出すと恥ずかしいなぁ!?
ちょっと詰まったけどちゃんと声は届いたようで、ドアを閉めようとした体勢でお二人が固まっている。ガワの人からもガッツポーズを取ってそうな声が聞こえたし、まあ概ね合格なのではなかろうか。よしミッションコンプリート! と、さっそく布団をかぶろうとして、
「ぎゅっ!?」
もンのすっごい勢いで抱きしめられた。やった相手は――言うだけ野暮だけど、呼ばれた当人たちである。
「~~~~っ、う゛わ゛あああああん呼んでもらえたー!!! もう二度と無理だと思ってたのにいいいい」
「えっそこまで!? ごめんなさい、もっと早く呼べばよかったですね!? って、いうか……ぐえっ」
「ゆ、ユーリ、そんなに押さえつけたら息が出来ないのでは……」
「ごめんねー!! 出来の悪い親でほんっとにごめんねえええええ」
『きゃー!?』『ふぃー!!』『こーんっ!?』
あっ違うな!? 当人たちっていうか、これほぼユーリさん一人でぎゅうぎゅうやってるな!? 腕ほっそいのに力強い……っ!!
必死で横を向いて呼吸を確保していると、ぐっしゃぐしゃになった頭に手が載せられた。目を開けたら、多分反対側の手で奥さんの背中を撫でてあげてるんだろうな、という体勢の公爵さんがいる。わたしと視線がかち合うと、ちょっと笑ってくれた。いつか見た、泣くのを我慢するみたいな顔で。
……あ、まずい。なんかわたしまで涙出そう。
《だから、それで良いんだってば。貴女はわたくしでしょう? ね》
なんて、アンリエットがそれはもう優しい声で促してくるのが悪い。そんな責任転嫁をしてから、わたしは久しぶりにちょっとだけ泣くことにした。
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