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第七章:

おめざめですか、イブマリー②

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 そんなことを思っていると、部屋の奥の方にある扉からこんこん、と控えめな音がした。ややあって、

 『あっ、ごしゅじんおきてる! おはよーっ』

 『ふぃっ!』『こんっ』

 「まあまあ、目が覚めてらっしゃったの! おはようございます、お加減はいかがですか?」

 うんしょっと扉のすき間から入ってくるなり、ベッドに実を起こしたわたしを発見してぱあっと顔を輝かせたのは、いうまでもなくうちの霊獣さんたちだ。その後ろに続いて、大きな水差しと洗面器? みたいなものを抱えたアンナさんも入ってくる。どうやら寝ていた間のお世話は、このベテランっぽいメイドさんがしてくださっていたようだ。ありがたいな、ホントに。

 「おはよティノくん、リーシュにこんちゃんも。アンナさん、いろいろありがとうございます」

 「いいえ、とんでもない! 公爵様と奥方様のお嬢様にお仕えできるなんて、ここの者らの長年の夢でございましたから……あら?」

 飛びついてきた三匹を抱えてお礼を言うと、アンナさんは笑顔でぱたぱた手を振ってから何かに気付いた顔をした。振り返って扉の方を見ているので、わたしもつられて視線を移すと、

 「……あっ」

 さっき入って来る時、両手に荷物を持っているから完全に閉められなかったらしい。ほんのちょっとだけ開いている両開きのドアのすき間から、妙に見覚えのある銀色の髪をした誰かさんがちらちらしていた。あれってもしかしなくても……

 「まあっ、ユリアナ様ったら! ご自分で説明なさるっておっしゃいましたでしょ、先ほど!!」

 「あ、アンナさんー! そんな急に名指しで呼ばないで! まだちょっと心の準備がっ」

 「また悠長なことおっしゃって、一刻も早く釈明なさいませ! このままだと未来永劫、お嬢様に嫌われたままでございましてよ!?」

 「きらっ!? ……あ゛あああああ」

 腰に手を当てて怒るアンナさんの剣幕と、嫌われるの一言にビビったらしい。扉の裏から強制的に引っ張り出された銀髪の人――いうまでもなくユーリさんだったんだけど、わりと大人しくずるずる引きずられてやって来た。強いなぁベテランメイドさん……

 「さっ、イブマリー様。先に奥様のご説明をお聞きになりますか? それともお召替えをなさいます?」

 「うーん、先に説明にしときます。ほっとくと逃げそうだから」

 「無慈悲ー!! でもそういうとこエルにそっくりー!!」

 「……何気にめちゃくちゃ仲良いんですね? お二人とも」

 『そだよー。ごはんのときもね、ぜったいふたりそろってからたべるの。らぶらぶだよ~』

 「ほほう、万年新婚夫婦」

 「だってそうでもしないとあの人、平気でご飯抜いて仕事続行するから!! 監視よ監視!! ていうかイブマリー、そんな言葉どこで覚えたの!?」

 「いやまあ、どことは言いませんけど。幸い友達だけはいっぱい出来ましたし」

 「そっかー!! 良かったねホント!! 家庭環境については申し訳なさしかないけどっ」

 なんだか涙目になりながら必死でついて来てくれているユーリさん、エルフモード(?)を解除したままなので、今は全く光っていない。わたしのガワの人そっくりな銀色の髪は、ヘアバンドみたいに編んだ顔周りをのぞいて全部下ろしていて、やっぱり十代後半の子どもがいるとは思えないくらい若々しかった。ちょうど外の庭園で咲いていた、紅い牡丹そっくりの色の長袖ドレスがとっても良く似合う。妖精の姿も綺麗だったけど、こうしているとどこからどう見ても普通に人間だった。

 さて、どうしようか。気になることは山ほどあるんだよな……

 「あの、わたしから質問しても良いですか?」

 「う、うん。むしろその方がありがたいかも」

 「じゃあ遠慮なく。ユーリさんてエルフ族なんですよね? 彼らは常世以外のところでは生きられない、って聞いたんですけど、どうなんですか」

 はい、と授業中みたいに手を挙げて、とりあえず気になったことを口にしてみる。思いのほかいい所を突いたみたいで、若干パニックだったユーリさんがはっとした顔つきになった。神妙に居住まいを正して、こちらをまっすぐ見て口を開く。

 「……うん、そうね。まさにそこが事の始まりだったから、一からきちんと説明しないとね」


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