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第六章:

私を夜明けへ連れてって⑦

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 「――記録が合わない? 確かなのか」

 「はい、間違いありません。神殿にも確認を取ってまいりました」

 信じられない、といった様子で聞き返した主に、相手――紛うことなき本物のルークは、しかと頷いた。

 夜の山中で辛くも窮地を脱したとあって、日頃はきちんと整えられている侍従の制服は泥まみれ、顔や手足にいくつも傷を作った痛々しい有様だ。本音を言うなら今すぐ身を清めて休ませたいし、だめならせめて座ってほしいのだが、そんな暇はないのだとあちらからきっぱり辞退された。それほどに、彼らが持ち帰った情報は空恐ろしいものだったのだ。

 「まず、スガル殿に依頼をした情報屋によりますと、蜜酒を作るよう指示したのは『ランヴィエルの不死候メトシェラ』なる大物とのこと。古の北の大国、その王族の末裔を名乗り、三百年前の王朝崩壊に関わっていた、と。その後はグローアライヒで一旗揚げようとしたものの、武芸で勝る現王家に競り負け、再び放浪して我が国にたどり着いたのだとか」

 「……マグノーリア家は北方の出だな。まさに三百年前、国家の崩壊を逃れてやって来たと聞く。北からは陸路、海路ともに、地図の上ではまずこちらの国を通ることになる」

 メトシェラとは本来、古い言葉で『永く生きたもの』の意だ。先祖の中に長寿の種族がいた、突然変異で強大な魔力を持って生まれた等の場合に、尋常でなく長い時を生きる人間が出現する。その不死候なる人物も、おそらくはそうしたうちの一人なのだろうが……今回に関しては、嫌な符合が多すぎた。

 「取り越し苦労で済めば良し、と、こちらのアストライア神殿に問い合わせました。個々の家系の記録がすべて登録される原本をお借りし、調査した結果――
 マグノーリア侯爵家では、過去一度も出生、もしくは死亡の記録が存在しませんでした。養子縁組等も皆無です」

 この星降り注ぐ世界で、神々の祝福を受けずに生まれる命は存在しない。ごく普通に一生を終えた後で、神の御許へ迎え入れられない魂も、だ。それら人の生涯に関わる記録のすべてを取りまとめるのが、彼らの信仰する神々を祀った神殿である。そこに一族の営みが残されていない、ということは、

 「三百年前から今日に至るまで、かの侯爵は代替わりしていない。メトシェラは長寿の対価として、己の子を成せないと聞くからな。そして養子の記録すらないなら――やはり、イブマリーは攫われたか」

 「十中八九は。無記載を誤魔化すためか、帳面に強力な印象操作が成されていました。架空の家系史を紡いだ証拠になりましょう」

 「状況は分かった、すぐにでも公爵邸に向かう。ルーク、皆もよくやってくれた。手当てを受けて休んでいてくれ」

 「いえ、滅相もございません」

 「勿体ないお言葉です……」

 口々に応えて頭を下げる、ルーク同様ぼろぼろの有り様の親衛隊をねぎらって席を立つ。吹き飛んでしまった執務室のドアの傍で、槍を手に衛兵よろしく佇んでいたマクシミリアンが笑いかけてきた。先の激闘が嘘のように朗らかな様子で、廊下の奥を示してみせる。

 「ご苦労だったな、レオ。あちらの方も滞りなく進んでいるようだぞ」

 「見張りをさせてしまってすまないな。あれに聞き取りをするのは骨が折れそうだが」

 「うむ、違いない! グレイ殿たちも早々に見切りをつけたようだな、今なかなか面白いことになっているぞ!」

 「……面白い?」

 「――だぁ、そこんとこ詳しく頼むさ~! はーいーやっ」

 めしゃあっ!!!

 『ぎゃああああああ!?!』

 やたらとのん気な掛け声とほぼ同時、聞くだに痛そうな音と悲鳴が耳に飛び込んできた。思わずそちらをのぞき込むと、

 『きゃーっ、かかさますごいさ~!』

 「わあ、カナンさんてお強いんですね! 格闘家のひとみたい」

 「ふふふー、ありがとうねえ、イオンにリュシーさん。変身した後は力が弱くなるから、念のために南海の古武術習ったんだよねー。誘拐されたときは後ろからがばー、だったから、ちょっと間に合わなかったけど」

 『いや、大したものだよ。おかげで彼も素直に言ってくれる気になったようだし、ねえ?』

 『うぐぐぐぐぐ……い、言わなきゃ腕とか足とか吹っ飛ばす気だろうが! お前ら聖女とか守護精霊とかだろ、そんな横暴でいいのか!?』

 『残念だったね。女性と年端も行かない子供を泣かせるような、不逞の輩にかける情けなんて持ち合わせていないんだよ』

 天井から縄で縛りあげて吊り下げた偽のルーク(本物以上にずたぼろ)と、今まさにその横っ面に鮮やかな蹴りを叩き込んだポーズのカナン、その二名を囲んで妙に和やかな会話を交わしている女性陣がいた。……ただし、場を総括しているグレイ女史は表情こそ笑顔だが、声と目つきが絶対零度である。いったい何を聞き出したのか、知りたいような知りたくないような。

 『とにかくその侯爵とやら、元いた北方に出戻るついでに、縁を切った娘を虐めて憂さ晴らしをしようというんだな? 面白い、やれるものならやってみるがいいさ。――リュシーお嬢さん、早速で悪いのだけど、イブマリーにもらったサシェは持っているかい?』

 「はい、ここに。このまま魔法を使えばいいんですね」

 『ああ。後は同じ香りが縁を結んでくれる』

 今度は温かな眼差しと激励を贈ってくれたグレイにうなずいて、リュシーが開け放った窓に向き直る。その向こう、未だ闇に包まれた公爵邸を見つめて、取り出した匂い袋を抱きしめながら、堂々と詠唱してみせた。

 「女神様、貴女の慈愛を運ばせてください――『星華光凛ステラ・マリス』!!」

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