299 / 372
第六章:
私を夜明けへ連れてって⑦
しおりを挟む「――記録が合わない? 確かなのか」
「はい、間違いありません。神殿にも確認を取ってまいりました」
信じられない、といった様子で聞き返した主に、相手――紛うことなき本物のルークは、しかと頷いた。
夜の山中で辛くも窮地を脱したとあって、日頃はきちんと整えられている侍従の制服は泥まみれ、顔や手足にいくつも傷を作った痛々しい有様だ。本音を言うなら今すぐ身を清めて休ませたいし、だめならせめて座ってほしいのだが、そんな暇はないのだとあちらからきっぱり辞退された。それほどに、彼らが持ち帰った情報は空恐ろしいものだったのだ。
「まず、スガル殿に依頼をした情報屋によりますと、蜜酒を作るよう指示したのは『ランヴィエルの不死候』なる大物とのこと。古の北の大国、その王族の末裔を名乗り、三百年前の王朝崩壊に関わっていた、と。その後はグローアライヒで一旗揚げようとしたものの、武芸で勝る現王家に競り負け、再び放浪して我が国にたどり着いたのだとか」
「……マグノーリア家は北方の出だな。まさに三百年前、国家の崩壊を逃れてやって来たと聞く。北からは陸路、海路ともに、地図の上ではまずこちらの国を通ることになる」
メトシェラとは本来、古い言葉で『永く生きたもの』の意だ。先祖の中に長寿の種族がいた、突然変異で強大な魔力を持って生まれた等の場合に、尋常でなく長い時を生きる人間が出現する。その不死候なる人物も、おそらくはそうしたうちの一人なのだろうが……今回に関しては、嫌な符合が多すぎた。
「取り越し苦労で済めば良し、と、こちらのアストライア神殿に問い合わせました。個々の家系の記録がすべて登録される原本をお借りし、調査した結果――
マグノーリア侯爵家では、過去一度も出生、もしくは死亡の記録が存在しませんでした。養子縁組等も皆無です」
この星降り注ぐ世界で、神々の祝福を受けずに生まれる命は存在しない。ごく普通に一生を終えた後で、神の御許へ迎え入れられない魂も、だ。それら人の生涯に関わる記録のすべてを取りまとめるのが、彼らの信仰する神々を祀った神殿である。そこに一族の営みが残されていない、ということは、
「三百年前から今日に至るまで、かの侯爵は代替わりしていない。メトシェラは長寿の対価として、己の子を成せないと聞くからな。そして養子の記録すらないなら――やはり、イブマリーは攫われたか」
「十中八九は。無記載を誤魔化すためか、帳面に強力な印象操作が成されていました。架空の家系史を紡いだ証拠になりましょう」
「状況は分かった、すぐにでも公爵邸に向かう。ルーク、皆もよくやってくれた。手当てを受けて休んでいてくれ」
「いえ、滅相もございません」
「勿体ないお言葉です……」
口々に応えて頭を下げる、ルーク同様ぼろぼろの有り様の親衛隊をねぎらって席を立つ。吹き飛んでしまった執務室のドアの傍で、槍を手に衛兵よろしく佇んでいたマクシミリアンが笑いかけてきた。先の激闘が嘘のように朗らかな様子で、廊下の奥を示してみせる。
「ご苦労だったな、レオ。あちらの方も滞りなく進んでいるようだぞ」
「見張りをさせてしまってすまないな。あれに聞き取りをするのは骨が折れそうだが」
「うむ、違いない! グレイ殿たちも早々に見切りをつけたようだな、今なかなか面白いことになっているぞ!」
「……面白い?」
「――だぁ、そこんとこ詳しく頼むさ~! はーいーやっ」
めしゃあっ!!!
『ぎゃああああああ!?!』
やたらとのん気な掛け声とほぼ同時、聞くだに痛そうな音と悲鳴が耳に飛び込んできた。思わずそちらをのぞき込むと、
『きゃーっ、かかさますごいさ~!』
「わあ、カナンさんてお強いんですね! 格闘家のひとみたい」
「ふふふー、ありがとうねえ、イオンにリュシーさん。変身した後は力が弱くなるから、念のために南海の古武術習ったんだよねー。誘拐されたときは後ろからがばー、だったから、ちょっと間に合わなかったけど」
『いや、大したものだよ。おかげで彼も素直に言ってくれる気になったようだし、ねえ?』
『うぐぐぐぐぐ……い、言わなきゃ腕とか足とか吹っ飛ばす気だろうが! お前ら聖女とか守護精霊とかだろ、そんな横暴でいいのか!?』
『残念だったね。女性と年端も行かない子供を泣かせるような、不逞の輩にかける情けなんて持ち合わせていないんだよ』
天井から縄で縛りあげて吊り下げた偽のルーク(本物以上にずたぼろ)と、今まさにその横っ面に鮮やかな蹴りを叩き込んだポーズのカナン、その二名を囲んで妙に和やかな会話を交わしている女性陣がいた。……ただし、場を総括しているグレイ女史は表情こそ笑顔だが、声と目つきが絶対零度である。いったい何を聞き出したのか、知りたいような知りたくないような。
『とにかくその侯爵とやら、元いた北方に出戻るついでに、縁を切った娘を虐めて憂さ晴らしをしようというんだな? 面白い、やれるものならやってみるがいいさ。――リュシーお嬢さん、早速で悪いのだけど、イブマリーにもらったサシェは持っているかい?』
「はい、ここに。このまま魔法を使えばいいんですね」
『ああ。後は同じ香りが縁を結んでくれる』
今度は温かな眼差しと激励を贈ってくれたグレイにうなずいて、リュシーが開け放った窓に向き直る。その向こう、未だ闇に包まれた公爵邸を見つめて、取り出した匂い袋を抱きしめながら、堂々と詠唱してみせた。
「女神様、貴女の慈愛を運ばせてください――『星華光凛』!!」
0
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
別に構いませんよ、離縁するので。
杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。
他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。
まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています
今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。
それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。
そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。
当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。
一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる