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第六章:
私を夜明けへ連れてって⑥
しおりを挟む数日前、晴れて正式な冒険者となったイブマリーの職業は『幻獣使い』。ティノをはじめとする初期契約メンバーのうち、夜行性のドゥードゥーは日中に起きているのが辛いらしく、今日の公爵邸行きも夢うつつながら翼を振って明確に遠慮の意を伝えていた。
一方、生育環境のせいで本来とは昼夜が逆転しており、日が高い内でも問題なく動き回れるマンドラゴラなのだが、こちらはかの邸の庭によろしくない思い出があるのだ。それゆえに二匹揃って、普段ご主人が逗留している商会の部屋で大人しく過ごしていたはずだったのだが……
「どしたの二匹とも、イブに何かあった!?」
「い、いや、ここ公爵邸からめっちゃ離れてるよ? いくら契約獣でもさすがに……」
『ひぽっ!!』
「あべしっ!?」
「あーうん、いまちょっと口出さない方がいいわよ? この子らの第六感、前回の騒ぎで証明済みだし」
『まあまあ!』
質問というより確認の口調で投げかけるリラに、ようやく起き上がりかけたところで弱々しくツッコミを入れるスガルだったが、それが気に障ったドゥードゥーから追加のボディプレスを喰らって床に伸びてしまった。おざなりにフォローするフィアメッタに全身でうなずいている二匹を通訳するなら、『部外者は黙っとれ!!』とでも言ったところか。
なんせこの子たち、音と気配を断ち切る結界に閉じ込められたご主人の危機を野生のカンだけで察知し、即時駆けつけてきたという実績持ちだ。もはや常識が通じないレベルの鋭さを侮ってはいけない。
すぐさま屈んで目を合わせた女子コンビに、応えてくれたのはマンドラゴラの方だった。ぴょこんとジャンプしてひざに降りると、ポケットのあるあたりを小さな手でぺちぺち叩く。中を見ろ、と言いたいようだが、今日は聞き込みだけのつもりだったしろくなアイテムは――
『……あら? ねえ二人とも、何だか光ってない? 内側から』
「え? いや、光るようなものは入れてな…………、あっ」
「うそっ、まさかあれ!?」
そっと指摘してきたエラに一瞬首をかしげてから、ほぼ同時に思い当たった、急いで取り出し、手を開くと、
ふわあっ――――
わずかに日が差してきたとはいえ、まだまだあちこちに薄闇が居座っている。そんな中を、澄んだ白銀の光が照らしだした。二人分の手のひらの上で瞬いているのは、白から薄紅色に移り変わるバラの花だ。まるで星そのものを持っているかのように輝くそれは、八重咲の花弁をふわりと広げていた。
「おや、星影花じゃないか。公爵のところで貰ってきたんだね」
「かーさん知ってるの!? なんかすっごい貴重なものって話だったんだけど」
「そうだよ。この街、いやこの国ではあの庭にしか咲いていないだろうね。エルが公爵邸を継ぐずーっと前から、王家の人達に大切にされてきたらしいから。
で、だ。これ持ってるのを指摘したってことは、何か役立てる方法があるんだね? イブお嬢ちゃんのために」
『ひっぽ!!』
長い付き合いなだけあって、邸の内情に詳しいシェーラがすかさず捕捉してくれた。それにキッパリうなずいて、ようやくスガルの背中から降りたドゥードゥーが移動していく。よちよち歩きで近寄ったのは、奥の中庭に通じる扉の前だ。が、
「……あれっ、景色違う!? 森みたいになってる!! なんで!?」
「えーと、もしかしなくてもこの花のせいだったり、とか……」
『星影花が咲くとき、違う空間と繋がってしまうことがある、って話は聞いた? いままさにそれが起ってるみたいね』
「では、これがかの《妖精の道》ですか。まさか自分の目で見ることが出来るとは」
「それ絵本で読んだ!! あれでしょ、エルフとかが使うどこにでも行ける魔法の通路!!」
この国の人間なら、小さい頃に必ず読んでいる物語がある。その中に登場する、妖精だけが使えるという万能の通路だ。見知っている場所ならばどこにでも行けるし、距離も時間も問わないという素晴らしいものだが、それがここで出てくるとは夢にも思わなかった。正直全く実感がない。
ないのだが、今が絶好のチャンスなのだけはよく分かる。お供二匹が訴えてきたのだから、つまりはそういうことだ。
「……つまり、ここ通ってけばイブマリーのとこに行ける、ってことね!? 途中で迷ったりとかしないわね!?」
『ひぽーっ』『まあまあ!!』
「よーっし、先導よろしく! んじゃおばさん、行ってきまーす!!」
「気を付けて行っといで、無茶だけはするんじゃないよ!!」
『フェリクスはワタシから離れないでね!』
「了解しました。女将、行ってまいります」
先に立つお供二匹、ここ一番の度胸で先頭を切るフィアメッタとリラ、その後に妖精蜂と詩人が続く。ホタルの舞う静かな森の風景が、ぱたんと閉まるドアの向こうに消えた。
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