上 下
296 / 372
第六章:

私を夜明けへ連れてって④

しおりを挟む

 思わずこぼれた、といった感じのアンリエットの声と、あからさまに焦ったおっさんの声と、――ついでに何かがどこかで立てる、ずごごごごご、という地鳴りのような音がしたのが、ほぼ同時だった。よし、上手くいった。

 世界樹。ファンタジーものと銘打ったゲームとかマンガとかには高確率で登場し、神樹と訳されることもある。元々は北欧の神話に登場する、世界を支えるとんでもない大木の名前だ。根っこはあの世に通じてるとか、梢にこれまた巨大な鳥が棲んでいるとか、いろんな言い伝えが存在する。

 無論『エトクロ』にも登場するのだが、元ネタとはちょっとだけ設定が違っていた。親樹はこの世とは別の世界、いわゆる幽世に生えていて、何百年かに一度ひとつだけ実をつける。なんだけど、発芽させるための条件がけっこうめんどくさいのだ。

 「旅の途中で拾って育てた時、ほんっとーに大変だったんだからね? なんせ殻が固すぎて、ある程度外から割ってあげないと芽吹かないし、水や肥料の代わりに瘴気吸って育つし、育ち始めたら始めたでものすごい勢いで伸びてくるし。まあ何とかしたんだけどさ、リュシーが」

 「き、貴様、そんなものをどこで手に入れた!? あの小娘が育てたのなら、あと数百年は現れんはずだろうが!!」

 「だから、あんたが知らないことなんて山ほどあるんだってば」

 呼ぼうと思ったら呼べてしまったので、実際どこから出てきたかはわたしにもわかんないのだが……その辺は言わない方がカッコいいので、あえて黙っておくことにする。種育てイベントを通っとくと後が楽だから、必ずやるようにしといてよかった!

 何かとんでもなく大きなものが、地面のすぐ下で暴れ回っているような振動が伝わってくる。持っているロッド以外には明かりがないのに、今立っているところが下から押し上げられるみたいに、どんどん形を変えていくのが分かった。おっさんから目を離さないようにしつつ、タイミングを計っていると、

 《――イブマリー、跳んで!!》

 どっばああああああん!!!

 「ぎゃああああああ!?!」

 「だ~~~~~っっ!?!」

 凝って澱んだ闇を切り裂いて――違った、内側から爆破するくらいの勢いで突き破ってきたのは、目にも鮮やかなエメラルドグリーンの葉っぱだった。いや、瑞々しい葉っぱがこんもり茂った、わたしの胴体ぐらいはあろうかという太い枝だった。

 「のをおおおおおお……!!」

 「…………う、うわあー」

 アンリエットに号令をかけられて、とっさに飛び退けて良かった。逃げ遅れたジョナスのおっさんは、飛び出してきた世界樹の枝が顔面を直撃して吹っ飛んでいってしまった。後から後から伸びてくる枝葉が、なおも容赦なくばしばしぶち当たっては遠くへ連れ去っていく。

 ……わたしがやらかしたこととはいえ、ほんのちょこっとだけ気の毒かもしれない。

 《ほらイブマリー、ぼうっとしないで! 狙ってこの樹を呼び出したんだから、ちゃんと理由があるんでしょう?》

 「そ、そうでした」

 この樹は瘴気、つまり宵闇の精霊を呼び出す魔術とか、そのために使う魔力の気配を追いかけて育つ。それを全部吸い取って、その場を浄化し尽くすまで止まらない。だけど、そのあとは普通の樹と同じく、太陽の光を必要とするようになるのだ。つまり、

 「この樹が大きくなれば、ここの空間もどんどん小さくなる。枝につかまっとけば、そのうち外に出られる可能性が高い、です!」

 《お見事! では早速行きましょう!》

 「はーい!!」

 伸びていく枝葉の群れに、落っこちないようにしっかりしがみ付く。果てなんてないように見える闇の中、世界樹の若木は外を目指してどんどん成長していった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...