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第六章:
ファイター・イン・ザ・ダーク⑪
しおりを挟む「もうとっくに正体ばれてるのに、なんで覆面取らないのかなーって思ってたけど……そりゃ目立つよね、うん」
「あっはっは、それそれ! ウチの家業は隠れてなんぼなのにねー。まあ髪と顔はああやって布巻けばいいんだけど、目の色ごまかすための薬がまあ沁みて沁みて」
「いやそれどころじゃないし! 何のん気に雑談してんの、鬼淵蜘蛛は!?」
真っ先に現状を思い出したフィアメッタが、ツッコミついでに大急ぎで振り返る。先ほど角を曲がってきた巨大蜘蛛が、すでに目と鼻の先に――いなかった。
「、へっ」
「だいじょーぶ、上から見てたからばっちり対策済みでーす。ついでに不死者も足止めしといたよ」
「あっ、ホントだ! なんか時間が止まったみたいになってるっ」
胸を張って自己申告したスガルの言う通り、追ってきていたものは全て完全に動きを止めた状態だった。鬼淵蜘蛛は身体を作る毒水と、その中に浮かぶ紅い核ごと凍ったようだし、アンデッドの集団も地べたと一続きの彫刻のごとく静止している。
その足元で、ちらちらと無機質に光っているものがあった。ごく小さい、掌の中にすっぽり収まってしまいそうなサイズの、たぶんナイフ。
というのもこれ、刀身が透きとおった何かで作られているのだ。およそ切ったはったには使えそうになく、何らかの術の媒体に使う道具と思われた。先ほど一同の目の前を掠めていったのは、どうやらこれだったらしい。
「これ、水晶?」
「んー、惜しい。このクナイね、地元で採れた塩の結晶で作ってあるんだ。やっぱあーいう手合いには一番効くね~」
「……岩塩とは違うわけ?」
「いちおうね。うちの郷からはちょっと離れてるけど、塩水が出てくる間欠泉が――って、あんまり話すとじい様に叱られるんで、パス」
「あっ、ケチ!!」
「ごめんごめん。代わりと言っちゃなんだけど、この辺はサクッと片付けとくからさ」
ここは掃除しとくから、と言うかのごとき軽すぎる口調で、リラの頭を撫でたスガルが笑う。人懐っこいそれはしかし、鬼淵蜘蛛に視線を戻した時にはがらりと不敵な表情に変わっていた。右手の指を二本そろえ、剣のような形にして正面で構える。
「――『汐藍万化』、壱・苧環」
ドン!!!
唱え切った瞬間、展開した群青の魔法陣から怒涛が踊り出た。その名の通り苧環――糸を巻き取る枠へ収まるように、勢いよく輪を描いて魔物の群れを取り囲む。その囲いが見る見るうちに窄まって、スガルが右手を鋭く薙ぎ払ったと同時に、中に納めたものごと消滅した。
「よし、ざっとこんなもんかな――ぐえっ!?」
「ちょっと、あんたやれば出来るじゃん!! 普段のヘタレっぷりどこやったの!? うちのリーダーにも見せといた方がいいって!!」
「カぁッコいいー!! ていうかむしろヘタレな方が演技だよね!? 忍者だもんね、素は他人に見せないってやつだよねっ」
「あだだだだ!! あのっ、ほめてくれるのは嬉しいけどばっしばし引っ叩かないで!? 地味に痛いからーっっ」
『……この分だと、演技じゃなくてホントみたいね。ええと、へたれ? っていうの』
「ははは……」
飛び付くのを通り越し、大興奮の女の子たちから力いっぱい平手で叩かれて悲鳴を上げている功労者である。おそらくあれだ、やれば出来るが真面目な言動が長続きしない、というタイプだ。何とも言えない表情で見守る残りの面子である。
「――ほら、なんかお迎えが来たみたいだし!! いったんうちに戻るんでしょ、急いだ方が良くない!?」
「あっホントだ! ライラ久しぶり、かーさんに頼まれてきたの?」
『はい、お久しゅうございます、姫様。主様の命にて、まかり越しましてございます』
「……その姫さま、っていうの、そろそろやめてくんないかなぁ」
『その議は後ほど、改めて。今は疾く、参りましょう』
渋い表情をするフィアメッタを礼儀正しく制して、ふわりと現れた人工精霊が優雅に一礼してみせる。
――公爵邸の上空から、轟音とともに久方ぶりの日光が差し込んだのは、一同が移動し始めていくらも経たない頃のことだった。
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