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第五章:

断章⑧

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 まずい。この上もなくまずい。役目を授かってから幾星霜、こんなにも色濃い破滅の気配を感じたのは初めてだ。

 (だからこそ先手を打っておいたのだけど……まさか、その直後にこう来るとは。もっと出立を急き立てた方が良かったか)

 いくらなんでも初動が早すぎる。迫る暗闇を突っ切って、走る一歩手前の早足で移動しながら、死告女は頭を抱えたくなった。どうにもこのたびの下手人、王家に対して並々ならぬ怨恨を抱えていると思われる。――いや、そんな限定的な範囲ではなく、

 (王族に連なるもの、それと親交の深いもの、さらには彼らが治める領地そのもの。下手を打てば、ヴァイスブルクごと瘴気に吞まれかねないな)

 先刻、何の前触れもなく降りてきた昏い帳。明らかに宵闇の精霊の加護を得た高位魔術だ。感知できる範囲に死霊術の気配はないものの、これだけの舞台装置が整っていればいつ発動してもおかしくない。

 『……うん、まあ、元はといえば私の失態なんだけれどね。あんなに間近で接していたのに、血族の気配を察知できないとは』

 つい先日出会ったばかりの、朗らかに笑う少女の顔が脳裏をよぎった。純粋でまっすぐで、個人的にもぜひ幸せになって欲しいと願ってやまない、隣国から来たあの子。

 なんだか気にかかるのは、今時めずらしいくらい性質が良いせいだと思っていたのだけれど。今日の昼、唐突にランヴィエルから届いた報せをまた聞きして驚いた。まさか王家につながりがあったとは。

 (たぶん、いや確実に母方の血のせいだな。あの一族は希少なだけに、人の子以上に身内を大切にする……もっと言ってしまうと、身内以外はどうでもよいとすら思っている節があるから)

 もちろん、今の奥方は決してそんな御仁ではない。むしろ視野が広すぎて考え方が自由すぎるあまり、同族から若干浮いてしまっている節すらある。ああした者が増えてくれれば、より双方に益のある付き合いが出来るだろうに――

 ……ずがああああん……!

 どこか、さほど離れていないところで、恐ろしい轟音が上がっている。低い唸りと地響きを伴う、雨季の落雷そのものの音だ。

 心当たりなんてひとりしかいない。どうせ例の賢者殿から聞きこんで駆けつけたのだろうが。

 『あの子は自重って言葉を知らないのかな、本当にもう……』

 「――あっ、いたー! グレイさーん、はいさーい!」

 『ねーね~~』

 こめかみに手をやって頭痛をこらえていると、前方からやたらと明るい声がした。見れば三叉になった廊下の右手から、連れだってやってくる離宮養生組の姿がある。足取りは元気そうだから、けがなどはしていないと見える。安心した。

 『やあ、無事だったようだね。リュシーも一緒かい?』

 「はい、おかげさまで……あの、さっきからすごい音がしているんですけど、これは?」

 『もしかしなくてもうちの王太子殿下だよ。聞いてのとおり、元気すぎるくらい元気な子でね』

 「お元気……ええ、はい。確かに」

 とっくの昔にその範疇を飛び越しているのはわかっているが、冗談でも言わなければやっていられない。大きな碧玉の瞳をぱちぱちさせるリュシーに笑いかけてから、グレイは残る三つ目の分岐に目を向けた。

 ……勝つのは間違いないが、問題なのはそのあとだ。あの子に尋問なんて陰湿な作業が出来るとは思えないし。

 『さてと、ここでぼんやりしていてもらちが明かない。皆で殿下方の応援に行ってみないかい? もしかすると、面白い話が聞けるかもしれないよ』


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