上 下
273 / 372
第五章:

仄暗い夜の底から⑥

しおりを挟む



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 周りで重力が反転した瞬間、鉄棒で前転したときみたいに血が逆流した感覚があった。もちろん、身体の中だけの話ではない。

 「わっ! あ、ととと……ぐえっ!?」

 地面につく直前で衝撃を和らげるつもりだったし、実際ほとんど思い通りになってくれた。だけどちょっとやりすぎたのか、それともわたしが思った以上に落っこちるスピードが出ていたのか、着地と同時にぽーんと前につんのめる。焦ってジタバタしてみたけど、抵抗虚しく思いっきり転んでしまった。痛い。

 『……イブマリー、大丈夫? 反転のタイミングが早すぎたのかしら。今後の課題ね』

 「ふ、ふあーい……」

 相変わらず冷静なアンリエットに、うめき声で答えながらどうにか身を起こす。そうして、改めて辺りを見渡してみた。

 ――直前に迷子になっていたから、あの広いお邸のどのあたりになるのかはイマイチわからない。とにかく、わたしがどうにか不時着したのは、四方を廊下や建物の壁で囲まれた中庭のようなところだった。

 さっきお散歩した庭園同様、たくさんの植物が植えられていて、間を通る小道もきちんと整備されている……ようだ。もうだいぶ濃くなった暗闇に遮られているから、大体のシルエットしか把握できない。

 「全然見えないね……何だと思う、これ?」

 『かなり高位の魔術であることは間違いないわ。宵闇の精霊は、限られた場所と時間にしか棲めないから……それだけを呼び寄せただけではないだろうけれど』

 だよね、うん。後半は独り言みたいなガワの人の声に、ひざとか手のひらの土を落としながら深々とうなずく。

 リュシーとかリラが使う光魔法と、対になるのが『宵闇』の属性だ。基本的に昼間には現れず、太陽が空をめぐる時間帯は光の差さない場所――つまり洞窟とか、ダンジョンとか、それこそこの前迷い込んだような幽世で静かに過ごしている。このひとたちの力を借りる魔法は強力だけど、その分難易度が高くて危険なことでも知られている、というのが『エトクロ』での設定だった。

 で、だ。別に精霊さんたち自体が性格が悪いとか、人間を嫌っているとかいうことはない。ないんだけど、問題なのはこのひとたちが関わってくる魔法の性質だ。

 「えっと、確か空間をぶち抜いて別のとことつなげるとか、逆に歪みが出来てて危ないところを修復するとかが基本、だよね? だけど」

 『そう。本来つながるはずのないところに道を通す――つまり死後の世界とか、性質のよろしくない存在が大勢いるような魔界とかからも召喚が出来る。
 もっとも知られているのは、冥府から魂を呼び寄せる死霊術ね』

 「うげー……」

 いたって冷静に分析して解説するアンリエット、さすが秀才だなぁと思うし実にカッコいい。カッコいいのだが、わかってはいても目の前に突き付けられるとげんなりしてしまった。

 ……つまり、あれだ。もうずいぶん前のような気がするけど実際はほんの数週間前、リーシュに会うために挑戦した離宮の高台ダンジョンにいたような、幽鬼とか塚鬼とか霊導師とかみたいなのを呼び出す専門の魔法である。

 一般的にいいイメージがないジャンルだけど、このゲームではモロに魔王一派が使ってくる術として登場していた。つまり、一大事になるのはほぼ確定だ。なんだって昨日の今日で!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

処理中です...