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第一章:

ヴァイスブルクの休日⑫

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 ぐいっ!!

 突然、まったくなんの前触れもなく別の方向から引っ張られた。がっちり掴んでると思ってたマックスさんの手が外れて、そっと抱き下ろすと同時に引き寄せてきたのは、

 「……えっ、あれ、ショウさん!?」

 「ご無事ですか、イブマリー嬢。よもやどこか痛めたりなどは」

 「いや、それはないけど……」

 静かに訊ねてきたのは、もちろんいつもお世話になりまくりの我らが若旦那だ。……だったんだけど、

 (なんかショウさん、めっちゃ怒ってない!?)

 現世でたびたび叱られてたけど、どうもわたしは『空気を読む』ってやつが苦手だ。例えば誰が付き合ってるとか別れたとか、今日は誰が機嫌よくて悪いか、なんていうのがさっぱりわからなくて、しょっちゅう地雷を踏んでた、らしい。

 というのも気付かずにやらかしたあと、周りがドン引きしてる中走ってきたオタ友にシバかれて強制連行される、っていうのを繰り返したからだ。被害者の目の前できっつい制裁が下ったおかげか、こっちに来るまで特にいじめとかに遭わなかったのは不幸中の幸いだったろう。ありがとう親友。

 とにかくそんな鈍いわたしから見ても、今そこにいるリーダーは明らかに怒っていた。静電気をうんと薄めたような、ピリピリする尖った雰囲気を撒き散らしている。すがめた目で、驚いた様子で動きを止めていたマックスさんをじろっと睨んで、

 「――当人が困っておるなら問題はあろう。弁えられよ」

 「ああ、先程のか? いやすまん、すっかり浮かれていた。こんなに興が乗ったのは久しぶりでな」

 「それは貴殿の都合であろう。この方を付き合わせる理由にはならん」

 「……あのー」

 「うむ、申し訳なかった! イブマリー嬢、君の友人の不興を買ったらしい。一曲終わっていなくてすまないが、またの機会ということにしてくれまいか」

 「あ、はい、えっと」

 「話を聞いておらなんだのか貴殿は……!!」

 「あああ、だからやめてって!!」

 大変気持ちよく謝ってくれたというのに、何故かどんどん険しくなる若旦那の語気と表情に焦りまくる。大急ぎでさえぎって、両手で顔をはさんで勢いよくこっちに向けさせた。その拍子にぐきっと嫌な音がした気がするけどまあそれはさておいて!

 「わたしは別に怒ってません! なんでそんなケンカ腰なんですかっ」

 「は、いや、特にいさかいを起こしたいわけでは……」

 「ならストップで! あと、いいかげん肩が痛いんで離してください」

 「肩……、あ゛っ」

 改めて指摘されて、ようやく現状――わたしの肩に手を回して、ぎゅっと抱き寄せているのに気づいてくれたらしい。一瞬固まってからどかーん、と音がしそうな勢いで真っ赤っかになったかと思うと、残像が残るくらいのスピードで離れて頭を下げられた。やれやれ。

 「も、もももも申し訳ござらん一生の不覚……っっ!!!」

 「(ござるって言ったー!)いや、あの、もういいですから」

 「――ああっ、いた!! なに寄り道しばいてんですかアンタっ」

 今まで出そうで出なかったキーワードに地味に感心していたところ、人垣をかき分けて走ってきた誰かが大声で怒鳴った。はて、これまた妙に聞き覚えがあるイイ声なんですが。

 「おお、アルバスではないか! なにやら久しいな、わざわざ迎えに来てくれたのか?」

 「いやふつうは迎えに来るまで待ってるもんでしょうよ! アンタ自分の立場わかってますか、つーか供回りは!?」

 「それが城、いや実家が少々ごたついていてな。もう山場は越えたんだが、人手は多い方がよかろうと単独でここまで」

 「やっぱりか!! ったくもううちの天然といいアンタといい……!!」

 『えー、アニキのおにーさん、こっちのおにーさんとおともだちなの?』

 「……そんな大層なもんじゃねえって」

 知り合いだったらしきマックスさんと、打てば響くやり取りを経て頭を抱えたアルバスさん、ティノくんの素朴な質問にも律儀に応えてくれたんですが。

 「まあ一応顔見知りで、冒険者としては大体同期だ。……ついでに言っとくとイブマリー、お前の元婚約者とご同業だぞ」

 「、へっ」

 さらっと言われて一瞬、時が止まった。えっと、元婚約者はレオナールさんで、あのひとと仕事がいっしょ、ってことは――

 「……ううむ、早々にバレてしまったか」

 ばばっと顔を上げた先。なにやら気恥ずかしいな、と、苦笑しながらほっぺたをかいている、グローアライヒの王子様がいたりした。
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