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第七章:

地獄(ゲヘナ)より愛をこめて①

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 昔々、まだ現世が混沌の最中にあった頃のこと。あまたの魔物が跳梁跋扈するこの地に、ふらりと現れた若者がいた。

 北の故郷を追われて逃れてきた彼は、またとない武術の使い手でもあった。苦しむ民の願いを受けて立ち上がった青年は、毒を撒き散らす魔物の長を見事に討ち果たし、その功績を称えて長らく空位であった王の座を受け継ぐこととなる。

 時は今をさかのぼること、三百年余り。舞台は赤銅色の月が昇る、海辺の高台であったと伝えられている――




 「……と、マクシミリアンから聞いていたんだが」

 相変わらず感情に乏しい声音で淡々とつぶやいて、レオナールは目の前の光景に改めて目を向けた。軽く首など傾げつつ、

 「成程、条件を揃えてやればある程度は解ける封印か。魔法生物たちは最後の一押しをするための贄だったようだな」

 「何落ち着き払ってんですかあんたはー!!」

 もはや条件反射で突っ込みながら、アルバスがその襟首をつかんで引っ張った。素直に引き寄せられて移動した直後、ちょうど眼下にある地面がぼこり、と盛り上がったかと思うと、

 どごおおおおっ!!

 砂塵と土塊を巻き上げて、巨大な影が躍り出た。すでに中天近くまで昇っている紅い月の光を受けて、その体表がぬらりと嫌な艶を放つ。

 「……奇態のヒルか。これはまた厄介な」

 「そ、そうなんですか? でも確か、水の中のものは鋼が苦手だって……」

 「通常はな。纏わせる術の属性が相手と同じだと、そこらの魔物でも攻撃が通りにくい」

 一方、スコールの素朴な疑問に律儀に答えているショウである。無駄とは知りつつ念のため、いつでも抜刀できる体勢を取ってそちらを注視する。

 迂闊にもディアスに教えられるまで気付かなかった空の異変に、即座に集合場所と決めていた後棟屋上へ駆けつけたのが、つい先程のことだ。

 そうこうするうち、高台の半ばにある森の木々が不自然にざわめき出したかと思うと、地響きと共に飛び出したのがこの巨大ヒルだったのである。軟体系の魔物が苦手なのか、げっそりした表情のリックが声を絞り出す。

 「うう、これだけ大きかったらそりゃあ脅威だよ……うちの魔王なんて可愛いもんだったんだね……」

 「ええ。ですがおそらく、往時より何割かは力が落ちているかと。正式なやり方で召喚したわけではありませんので、本体はまだ『あちら側』のはずです」

 「あー。そんじゃ頑張れば倒さなくても、押し込んで強制送還できるかもしれない?」

 「はい、十分可能でしょう。……こちらさえ見ることが出来れば、もっと早く終わらせられるのですが」

 ディアスにうなずきながらも、手元の水晶球を見やってもどかしげにするフェリクスだ。

 本来ならば星明かりを通すことで記録を再生できるのだが、何故か丸々と太った姿で現れた月の光が強すぎてなかなか反応しない。時間をかければ起動するかもしれないが……

 「良い、様子を見るとしよう。ではフェリクスは切り札の確保と後衛を、あとの者で随時前衛を担う。
 侍従たちが避難した前棟の警護はアンリ――、イブマリーたちに任せる。行くぞ」

 「「「おう!!」」」

 静かな号令に、力強い答えが返ってくる。不気味な赤光が夜空を渡る中、決戦の火蓋が切って落とされた。
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