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第七章:
ナイトガウンを着た悪魔⑥
しおりを挟むぼんやりと空が赤い。街の明かりが映り込んでいるのだろうか。
ふと目線を上げた先の光景に、ショウは訝しんで眉根を寄せた。
寝ずの番は夕刻から始まって、日付が変わる頃に一旦交代を済ませた。今夜は『紫陽花』の男性陣とスコール、そしてアンリエットことイブマリーの元パーティが思い思いに警邏を担当している。
女性陣は昨晩の初手当番だったので、明け方近くの二時間程度をお願いする予定だ。人数が足りているので、無理な予定を組まなくて済むのが有り難かった。
(本当に、随分と新しい顔が増えたものだ)
最初は自分とディアスだけで、その次にフィアメッタとリラが加わった。そろそろチームを名乗ってもよかろうということになり、さんざん悩んだ末に自分の苗字にちなんで『紫陽花』の名前をつけるに至った。ヨヒラは東方で『四葩』と書き、かの花の古称である。
あれからいろんなことがあったが、ここ一月ほどの間に驚くほど人脈が広がったのは正直予想外だった。その端緒になったのは、やはりあの大雨の日だったのだろうと思う。
(不思議な御仁だ。いつの間にか皆に溶け込んで、なくてはならないひとになった)
紫陽花は四枚の花弁があるように見えるが、実はあれは萼の部分だ。本物の花は中心にぽつんと咲き、小さくてあまり目立たないが、なければあのように色鮮やかな花姿は成り立たないのだ。
諸事に控えめで謙虚で、特に声高に意見する訳でもないのに、いつも皆の気持ちをまとめて引っ張ってくれる。そんな彼女に良く似ていると思う。出逢えて良かったなと、ごく自然にそう思えるようになっていた。
「――……い、おーい、リーダーってば!」
「はっ!?」
突如間近でした声に飛び上がった。勢い良く振り返ると案の定、思い切り呆れた顔で腰に手を当てているディアスの姿が。
「うん、まあ、リーダーがイブマリー大好きなのはよーくわかったよ。だいぶ今更だけど」
「大っ……、滅多なことを言うなと何度言えば……!」
「はいはい。まあそれは置いといて、だ」
なにかを横に避ける仕草をしてから、盗賊の青年はさっと表情を改める。いつの間にか、その両目が明るい翠緑に輝いていた。
「さっきから空が気になって、生得魔法で視てみたんだけど……明日って、新月で間違いないよな? なんか、真っ赤な満月にしか見えないのが昇ってきてるんだけど」
「何!?」
明らかな異常事態を告げる言葉に、視線を空へ跳ね上げる。ちょうど途切れた雲の隙間から、どろりと濁った深紅の月が覗いた。
「……どうかなさったの? どうぞこちらにいらして下さいな」
リュシーの声が重ねて呼びかけてきて、仕方なく足を動かす。相変わらず違和感があって気持ち悪いけど、一応病人を待たすわけにはいかないし。
広いといっても、普通に歩けば端まではあっという間だ。手を伸ばせば下がったベールに触れそうな位置で立ち止まると、また話しかけられた。
「その子達が霊獣さんね。可愛らしいわ、なんていうの?」
「え、っとね……あいたっ!」
『ふぃっ!』
『教えちゃダメー!!』
思わず声が出た。肩の上でおとなしくしてたリーシュが、いきなりぐいっ! と後れ毛をくわえて引っ張ったからだ。同時にティノくんが飛び降りて、わたしとベッドの間でぶわっと背中の毛を逆立てる。明らかに第一級警戒態勢だ。
『ご主人、すぐここから出て! このひとぜったいおかしい、だってさっきからへんなにおいがするもん!!』
「えっ、におい!?」
さんざん気になった声じゃなくて!? と、わたしが思わず聞き返した時だった。
「――ちっ」
ぶわあああっ!!!
忌々し気な舌打ちにしか聞こえない声と同時に、下がっていたベールが一斉に捲れ上がったのは。
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