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第七章:
王子が来たりて笛を吹く②
しおりを挟む『火の仔や、そう駄々をこねるものではないよ。そろそろこちらへおいで、撫でてあげよう』
丁寧なノックをしてからドアを開けたのは、先輩たちやら男子トリオ、ではなかった。相変わらず落ち着いた、耳当たりのいい声で呼ばれて、むすっとしていた火狐が耳をぴこっ、と動かす。
『……こん』
わりかし素直にひざから下りてちょこちょこっと走っていき、屈んでいた相手に抱き上げてもらう。しっぽがゆらゆらしてるから、そこそこご機嫌みたいだ。にしても、相変わらず抱っこの仕方に安定感があるなぁ。
「ありがとうございます、バンシー……じゃない、グレイさん」
『ふふ、呼びやすい方で構わないよ。相変わらずの人気だな、この分ならばさぞ良い幻獣使いになるだろう』
「そうかなぁ、なんか言うこと聞いてもらえないんですけど……」
『そうでもないよ。ちゃんと矛を収めただろう? 彼ら魔法生物は矜持の塊だ、警戒心を抱かず寄ってくるだけでも大したものさ』
そう言ってにっこりしたのは、つい何日か前に離宮の地下で出会った告死女さんである。
そして表情が分かる、ってことでお分かりだろうが、彼女は例の長ーい頭布を取って素顔になっている。いろいろ解決した後で、無造作にばさっと下したときは一瞬ギクッとしたけど……
「グレイさんお疲れー。今日はどこまで行ったの? 中庭のバラ園?」
『うん? 何故分かったのかな』
「だって髪に花びら付いてるよー」
『……おやおや、私としたことが』
全く気付かなかった、とくすくすおかしそうに笑っているバンシー改めグレイさんは、人間でいえば二十歳をいくつか過ぎたくらい。こんな例えしか思いつかなくて申し訳ないけど、長い髪はおろしたてのフライパン? みたいな光沢のあるダークグレーで緩く波打っていて、背中を通り越してひざ裏くらいまである。
ふんわりした前髪越しに見える瞳はこれまた灰がかった淡い空色で、抜けるほど白い肌とかお人形さんのように整った顔立ちとかがあいまって、無表情で黙ってると少し冷たい印象を受けるかもしれない。……でも、そんなことないのはみんなが知ってるから、まったく問題ないんだけど。
『まあっ』
「あ、まんちゃんまた起きてる」
「あんたねぇ、夜行性なんだからちゃんと寝ときなさいって」
『ままま~~』
『いや、この子はどうも特別らしいんだ。盗まれたときに梱包が甘かったせいで、根に日の光が当たったようでね。通常のマンドラゴラと完全に性質が逆転している』
自分の髪の中からひょこんと顔を出した激レアさんとじゃれる女子コンビに、穏やかに解説してくれるグレイさんだ。
あの薬草は通常、月の光だけを浴びて育つ。その過程で体内時計が夜中を起床時間として設定するんだけど、この子はまだ育ち切らないうちにさらわれて閉じこめられたから充分浴びれなかったらしい。薬効はまだ未知数だけど、命に別状はないようだ。
『いたずらに生態を狂わせるのはいただけないが、今回に関してはそのおかげで助かったからね。出会いに感謝するとしよう』
『まあ!』
微笑んで撫でてくれるグレイさんの肩の上でぴょこん、と跳ねて誇らしげなマンドラゴラさんである。可愛いなぁ。
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