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第六章:
レディ・グレイの肖像⑨
しおりを挟むもちろんいいよ、どうすればいいの――と、言おうとしたわたしは即座に黙るはめになった。やや前に立っていたりっくんが、振り返りもせずに片手で口をふさいできたからだ。
「はいストップ。……君ねぇ、こんな見るからに怪しい相手に簡単に言質取らせてどうするのさ。交渉は僕がやるから」
「むぐぅ……」
《――おや、随分と気骨のある若者だな。良き守り手と見える》
「お褒めにあずかり恐縮です、ご婦人」
目の前でわりと失礼なことを言われているにもかかわらず、女の人は何だか機嫌が良いみたいだった。そっちに軽く一礼してから、騎士さんが改めて口を開く。
「それで? 身動きできないってことだけど、何でまたこんな状況になってるんです? 失礼を承知で言わせてもらいますけど、あなた人間じゃありませんよね」
「えっそうなの!?」
《――ほう。短い間にそこまで見抜いたか、大したものだ》
「普通の女性は念話なんか出来ませんから。ついでに、警戒心の強いマンドラゴラにそんなふうに懐かれたりもしない」
『まあ』
さっき走っていったままの場所で激レアさんが返事すると、その声が高い天井にわーんと反響した。
そういえば、さっきから女の人の声にだけエコーが掛かってない。つまり、普通に口から出てくるものではないってことだ。念話、つまりテレパシーだけど、直接心の中に話しかけているんだろう。確かにその辺のふつうの人には出来ない芸当だ。
鋭い指摘に、女の人が小さく笑ったのが伝わってきた。やっぱりどこか嬉しそうな、軽やかで嫌みのない明るい『声』だ。
《――全くもってその通り。その慧眼に免じて身の証を立てるとしようか。私は告死女、名は随分前に忘れてしまったが、他者から灰色の貴婦人とあだ名されている》
「……つまり、王家の守護妖精か」
『ねーねー、ばんしーってなんさ~?』
「うん。妖精さんの一種でね、誰かが死……じゃない、えーと、不幸なことが起こるときには大きな声で泣いて知らせてくれるんだって。昔から続いてるお家を守ってるっていうけど」
《――如何にも。我らは血筋に憑き、その一族を導くことが役目だ》
くいくい、とフードを引っぱってきたイオンにこっそり解説したつもりが、あっちには全部聞こえていたらしい。口調はうんと古風だけど、よく出来ましたって褒めてくれる時の学校の先生みたいだ。この子の前で死ぬって言葉を使いたくなくて、とっさに言い直したのまでバレてそうだな、この分だと。
バンシーはイギリスの北の方、スコットランドとかアイルランドとかの言い伝えだ。緑のドレスに灰色のマントとフードを着ていて、きれいなお姉さんとも上品なおばあちゃんとも、はたまた人間とはかけ離れた恐ろしい姿ともいわれる。
泣いて知らせる以外にも、夜中に河の浅瀬で経帷子(要は死に装束)を洗ってることもあり、浅瀬の洗濯人の異名も持つ。一方で気に入られると願い事を叶えてくれるとか、死ぬ運命を回避させてくれるとかいった話もあって、人間に近いところにいる妖精なんだなぁというイメージがある種族だ。
しかし、そんな人が身動きできなくなってるということは、である。
「……もしかして、近いうちに何かあるんですか? グローアライヒっていうか、王族の誰かに」
というか知らせることもできない状態なんだから、どっちかというと明確な悪意があって害をなそうとしている、って確率の方が高い。まさかとは思うけど、今特使でランヴィエルに行ってる王太子さんに何かあったりとかしないだろうな……
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