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第六章:

書庫の六人+α④

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 「さて、そういう経緯ならば急いだ方が良いな。ご令嬢本人は海竜の世話と離宮の探索で忙しくしておる最中だろうが、彼処は少々特殊な作りになっておるぞ」

 「……オズヴァルド殿、特殊とは」

 「うむ。暫し待て」

 なんとか復活してきたショウが控えめに訊ねると、実はこの中で一番の長生きである元ラスボスはひとつ頷いて、おもむろにぱちんと指を鳴らした。

 途端、部屋の壁を埋め尽くした本棚に光が走った。イブマリーが見ていたら、棚を丸ごとレーザーでスキャンしているみたいだと表現しただろう。光は瞬く間に四隅を一巡して、ほどなく一冊の本が棚を抜け出し、オズヴァルドの手にすとんと収まる。傍らで見いっていたスコールが、表題を読み上げた。

 「大理石の魔道的特性と、その活用法……?」

 「さよう。グローアライヒは大陸でも指折りの品質を誇る、大理石の一大産地だ。あれはただ見た目が美しいだけではなく、種々の魔術に使う媒介のひとつでもある。例えばな」

 まるきり孫に教授する祖父の体で、独りでにぱたんと開いた本の向きを変えて差し出してくれる。若者一同がそろって覗き込んでみると、

 「えーと、石に特定の条件下でのみ発動する命令文を組み込む……?」

 『せんせー、せつめいプリーズ~』

 「要するに、魔法を使って建物を住みよくするための理論でな。石材はいろんな形に彫って使うだろう? そのときに細工をして、家の主が思った通りに動かすというものだ。我が迷宮で操っておったような、岩人形の作成と理屈は近い」

 例えば日差しが強いとき、普段格納されている庇が自動的に伸びて陰を作ってくれるとか。逆に星を観たいときなどには屋根が透き通って、室内から空を眺めることが出来たりだとか。

 「便利だなぁ、それ。貴族の人とかめずらしいもの好きだし、喜んで付けたりしそう」

 「だろう? この理論が発表された当初は大いに話題をさらったものよ。……しかしな、筆者が肝心なことを失念しておったせいで、あまり普及せなんだ」

 『かんじんなことって?』

 「大理石は魔力をよく通すし、必要な分を貯めておくことにも向いている。が、元からあった体積を変えたり、一回作ったものを解体して組み直したりするには、膨大な魔力容量を持つものが住民でなければならない。誰でもがこうした技術を用いた家屋に住める、というわけではないらしい」

 結局、実際に理論を応用して作られたのは、当時の国王が家族の別荘として建てた離宮のみということになってしまった。なんとも残念な結末である。

 「それは……なんていうか、残念ですよね……」

 「そうだろうそうだろう、我もそう思うとも。いやー、まさか己の類稀なる魔力容量が技術普及の足枷になるとは夢にも思わなんだでな……」

 「「「「はい??」」」」

 「……いや、何でもない。何も言うてはおらんぞ、うむ」

 今なにか、不思議な展開があったような。そろって振り向いた一同に、不自然に視線を逸らしながらぱたぱた手を振るオズヴァルドである。
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