デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします

第五章：

進撃の巨竜⑤

　『わあああああんごめんなさあああああい!!　いたいよお、かかさまぁ～～～～～!!!』

　……滝のような汗、もしくは涙って表現がある。もちろんこれは例え話で、生き物の涙腺からはそんなに勢いよく水分が出てくることはない。そうじゃなければちょっと泣くだけで全身干からびてしまって、世界中で季節を問わず脱水症状が蔓延してえらいことになる。そのはずなんだけど、

　「ねえティノくん、涙って帯みたいになって出てくることあるんだね……」

　『ぼくもはじめて見たよー。リーシュもだって』

　『ふぃー』

　マヌケな会話をしているなぁという自覚はある。でもどこからも何もツッコミが入らなかった辺り、きっとみんなも同じようなことを考えてたんだろうな。たぶん。

　とにかく、スコールくんに物理的一撃と渾身のお説教をくらった海とかげさん、その場でわんわん大泣きを始めてしまった。短い前脚をばたばたさせながら、粒じゃなくてホースの放水みたいに繋がった涙を勢いよく流しての号泣だ。

　心持ちさっきより背が低くなった気がするのは、おそらく海底に座り込んでるからなんだと思う。止まってくれたのはありがたいけど……なんていうかこう、反応に困るというか。

　「うーん、まさかここまでへこむとは思わなかったなぁ」

　「ど、ど、どうしましょう!?　おれこんなふうに泣かせるつもりじゃ……!!」

　『あー、いいっていいって。止まったから結果オーライだ、お前は間違ったことは言ってねぇぞ』

　「……子ども通りこしてまだ赤ちゃんなんじゃない？　この分だと」

　『巨大化が天泪露の影響だとすると、充分あり得ますねぇ』

　「――あっ、あれ見て！」

　口々に言い合っていたところ、未だに泣いていた海とかげがぐぐっ、と一回り小さくなったように見えた。あんまりばたばたしすぎて海底が抜けたかと思ったんだけど、そうじゃない。膨らませた風船から空気が抜けていくみたいに、大怪獣並みからするするとサイズダウンしていって、

　「……あらら、こんなにちっちゃかったんだ。きみ」

　『ふええええええん～～～～』

　まだまだ泣き止まないとかげさん、とうとうわたしがひょいっと抱っこできるくらいまで縮んでしまった。波間にぷかぷか浮いているのを、フェリクスさんに低空飛行してもらって拾い上げて、よしよしと頭をなでてやる。パステルブルーの表皮はぷにぷにすべすべで、いわゆるスキンドラゴン系だ。

　赤ちゃんってどうやってあやすんだっけ、と、数少ないデータを思い返しながら背中を軽く叩いてあげる。しばらくえぐえぐいっていたけど、だんだんしゃくり上げる声が小さくなっていって、そのうちすーすーという静かな寝息に変わった。

　『……くぴー』

　「……寝ちゃった？」

　「うん。暴れたし泣いたしで疲れたんだと思う」

　「思いっきり泣いて、涙といっしょに天泪露が出てったみたいだな。もう大丈夫だろ」

　「あーもう、ほんと人騒がせなんだから……若旦那はダウンしててんで役に立たないし」

　「ま、まあまあ。とりあえず解決したんですし……おれは申し訳ないですけど……」

　『だぁから、お前のせいじゃねえってのに』

　『では、丸く収まったところで引き揚げましょうか。他の皆さんにもお伝えせねばなりませんし』

　「はーい。帰りもよろしくお願いします！」

　寝ているとかげさんに遠慮して、気持ち小さく挨拶をしてから陸へ引き返す。雲一つない空を登っていく満月は、相変わらずとてもきれいだ。

　そんな絵になる光景だというのに、なんでだろう。

　（……なんか、大事なことを見落としてる気がする）

　ほっと一息つけるはずの帰り道、わたしは頭の片隅にそんな気持ちが引っかかって、ずっと落ち着かないままだった。