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第五章:

アムリタの降る頃に④

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 攻略中はいつも思ってたけど、マグノーリア家の人達、とりわけお父さんである侯爵は思いっきり冷たい。普段の生活で顔を合わせても、『王太子妃教育はつつがなく進んでいるか、我が家に恥をかかせるなよ』的なことしか言わないし、アンリエットの話なんか聞こうともしなかった。……というか、

 「少なくともうちの父は、わたしと殿下以外の仲間が平民だからっていって、平気で見下すタイプのひとでしたからね……いま実家に近づいたら、確実に幽閉されますよ、わたし」

 『ふぃー!!』

 『ご主人ぜったい帰っちゃダメー!! リーシュもそういってるよっ』

 ジト目で言い切るわたしに、リーシュとティノくんが必死で訴えてきた。良い子たちである。

 もしりっくんの作戦が成功して無罪を勝ち取り、ランヴィエルに凱旋できたとしてもだ。わたしがリュシーに殿下を譲って、王太子妃になり損ねた『負け犬令嬢』だってことには変わりない。

 さっきも言ったように女性には相続権がないし、どうにか嫁ぎ先を探そうにも時間と労力とお金がかかる。あのお父様なら、冤罪だろうが何だろうが嫌疑がかかった段階で容赦なく娘を切り捨てるに違いない。

 (あんなのでもアンリエットにとってはお父さんだから、認めてほしくて頑張ってたんだろうに)

 シナリオ中で何度も触れられていたが、ライバルはとにかく責任感と使命感が強い子だ。生まれる前から王家に嫁ぐことが決まっていたのと、元々侯爵家が優秀な宮廷魔導士を多く輩出する家系で、有事の際には最前線で国を守るべし、みたいな家風だったこともあって、メインストーリーの核である上級魔族の討伐なんかにバンバン志願していた。

 そうして地道に努力していれば、今はこちらを見てくれないお父さんたちも認めてくれるのではないか、と希望を持っていたのだ。その結果がどうなったかは、今さら言うまでもない。

 『親子はお互いを選べないけど、もし選べるんならここんち絶対パスしたい』『ゲームやっててこんなムカついたサブキャラ初めて』『むしろお前が身代わりになって崖落ちしろ』――などなど、ネット上のファンの集いでは案の定ズタボロに貶されてたっけなぁ。あのおじさん。

 ……そんなわけで中の人としては、アンリエットを追い詰めて死なせる要因その一になった実家なんぞ、立ててやる義理は一切ないと言い切りたい。しかしながら、その辺りを全部話して聞かせると、面倒見のよさとかがカンストしてる『紫陽花』のみんなをまた泣かせてしまいそうだ。いや、それだけでも十分心苦しいけど、下手をすると悲しむのを通り越して激怒して、殴り込みをかけかねない。特に女子コンビとかスコールくんとかアルバスさんとか……

 そんな事態を防ぐためにも、出来るだけ何でもないふうに笑って言葉を続ける。

 「それにね、前にも言ったでしょ? わたし、こうして生きてられて、皆と一緒に冒険できるのがとってもうれしいんです。
 たぶん、今までの人生で一番幸せですよ」

 これは本当に、心から思っていることだ。自由に暮らせるのがこんなにしあわせなら、ライバルにこそこの環境を与えてあげたかった、と心底思うくらいに。
 
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