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第五章:
恋(と商い)は戦争①
しおりを挟むふんわりした桜色のスカーフを巻いて、苦しくないようにそうっと結ぶ。鏡の前で大人しく座っていた二匹は、そろってとっても嬉しそうだ。
「はい、できた。大事にしてね」
『わーい! ご主人ありがとー!』
『ふぃー!』
「うんうん。よかったねぇ」
その場でぴょこんと飛び跳ねるティノくんたちをなでなでしてあげる。
自分ではいつも通り笑ってたつもり、だったんだけど、今度は二匹が同時に心配そうな顔をした。つぶらなおめめが揃って見上げてくる。
『……ふぃ?』
『ご主人、だいじょーぶ? やっぱしんどそうだよ』
「ああ、うん、とりあえず平気だから……ノンストップで働いてたみんなに比べれば……」
遠い目をして振り返る。広々としたリビングのテーブルに突っ伏して、そろって力尽きている『紫陽花』のメンバーがいたりした。
みんなの協力によりめでたく目的を果たしたものの、そのまま寝落ちするという前代未聞のオチがついた初ダンジョン挑戦から、早くも数日後のことである。
入り口までは転送魔法で、その後はフェリクスさんのご好意によって街まで運んでもらい、そのまま次の日の朝まで爆睡していたわたしだ。どんだけ疲れていたのか、まったく自覚がなかっただけにちょっと怖いものがある。事前に約束していた恋重桜の染色にはちゃんと参加できたので、とりあえずそこは良かったけど。
さて、そんな感じで迎えた花染め作業なんだけど、思っていた以上にやることが多かった。
大きな布袋いっぱいの分量に対して、採れる染料はほんの少しだ。それをシェーラさんが用意してくれた媒染――つまり、染めた色が抜けていかないようにするための薬なんだけど、これを使って固着する。その種類によって微妙に色合いが変わるし、また使われている原料でプラスされる効果が違うのだ。
『アルラウネの花が解毒、淡水竜のウロコが耐火、地霊のツノが避雷。それから氷雪藻が保温ね』
ってことで、全部で四種類ある媒染で色止めと能力付加をして、あとはひたすら水洗い。色が出て来なくなるまで何回も洗って絞って、最後に中庭いっぱいに張り巡らせたロープにかけて陰干しする。
フィアメッタが力仕事になる、って言ってた理由がよく分かった。自分たちの分だけを染めるならともかく、商品に使う大量の布と糸だ。女性陣だけじゃとても間に合わないだろう。
……お母様いわく、ごくごくたま~にだけど、にわか雨で台無しになることがあるらしい。乾かしてる途中で降らなくてホントによかった。
が、しかし。みんなが死にかけているのは、その作業で体力を使い果たしたから、ではない。問題だったのはそのあとだ。
「おや、見事に力尽きてるねぇ。悪いね、毎年付き合わせちゃって」
「…………いや、何のこれしき。ご母堂には『紫陽花』一同、数え切れぬほどのご恩がありますゆえ」
「ちょっとでも力になれたんならうれしいです、はい」
「あたしらが自分から手伝ってんだから、かーさんは気にしなくていーわよ……」
「そうかい? まあ手はいくらでも必要だから、こっちはホントに有難いよ。恋重桜染めの初売りは毎回すごいことになるし」
ひょっこり顔を出したシェーラさんが労うと、生ける屍状態のみんなが律儀に返事をする。もっとも一番最後まで頑張ってたディアスさんと、小柄なせいか真っ先にダウンしたリラは声も出せない感じだったが。
……そう。何が大変だったって、商品を店先に出してからの数日間である。
うちのリーダーがちらっと言っていたが、ウワサがウワサを呼んでいるのかものすごいお客さんの数で。わたしたちも出来上がった商品を店先に補充したり、工房にいくつ追加するかを伝えたりするためにヘルプとして参加したのだけど、それはもう息をつく暇もない忙しさだった。
いや、わかりますよ? 作った人が言うのも何だけど、恋重桜で染めた小物はとっても綺麗だったし。しかも媒染の属性ごとに雰囲気の違うピンク色になってて、工房の職人さんがそれぞれのイメージに合わせて微妙に変えてるデザインがどれもかわいくて、これは全部買わなきゃ! ってお客さんたちがコンプリートに必死になるのもうなずけるクオリティーだった。実際わたしも欲しかったし。だけども。
「途中参加のわたしですらこうだもん、フル回転してたみんなのダメージは恐ろしいことになってるよね……ごめん、なんか」
「いーんだって、イブマリーはよく考えなくてもまだまだ病み上がりなんだから。こういうときは先輩にどーんと甘えてくれ~」
「そーそー……ていうかイブ、ホントにリボンだけで良かったのー……?」
「うん、それはほんとに大丈夫。女の子三人と、ティノくんたちともおそろいにしたかったから」
残った染料で作らせてもらったリボンは、実はフィアメッタとリラと同じデザインだ。お守りにしてみんなで持つことにしているので、今から楽しみだったりする。
そんな素直な感想を伝えたところ、女子二人がぴくっと反応した。ずるずるずる、とテーブルを擦るみたいに顔を上げたリラが半泣きで言う。
「……フィア~~~、珍獣つれた天使がここにいるよ~~~~」
「あー、うん、気持ちは分かるわ……疲れてるとさらに純粋さが身に沁みるわよね……」
『ふぃ?』
『ぼく珍獣じゃないもん、雷獣だもんっ』
「まあまあ、みんな疲れてるから。ね」
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