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第一章:
目覚めたら負け犬令嬢⑤
しおりを挟む「お待たせー。とりあえず元気だね、よかった。リーダーすぐ下にいたから引きずってきちゃった、剣の手入れ中にごめんね」
「いや、それはいいが……本当に会っても問題ないか?」
「ん、大丈夫そう。入って入って」
「わかった。失礼する」
先に顔を出した銀髪の子、確かリラって呼ばれてた気がするけど。とにかく彼女とそんなやり取りを交わして、そっとドアをくぐって現れた人がいた。
まだ若い、二十歳くらいの男性だ。深い紺色の髪に琥珀色の目、凛々しく引き締まった端正な顔立ち。背丈は多分、ギリギリ百六十センチのわたしより頭一つ半は高い。長袖長ズボンにブーツと動きやすそうな格好で、さっきも聞こえたとおり腰に剣を差していた。
(……おおー、男前だ。さすが乙ゲー)
さっきの二人と同じく初めて見る顔だけど、ゲーム中で攻略対象になっていてもおかしくないくらいだ。そんなことを思いながら軽くお辞儀をしてみせると、やや緊張気味だった表情がほっと緩んだ。お、笑った顔もステキですね。
「無事に目覚められたようで重畳です。三日ばかり寝入っておられて、みな気がかりだったゆえ。
申し遅れたが、私はショウ・ヨヒラと申す者。冒険者旅団『紫陽花』にて、僭越ながら隊主を務めております」
「は、はい。ご丁寧にどうも」
程よく低くて張りのある、きれいな声で挨拶してきっちり頭を下げてくれる。思いのほか堅苦しいというか、おばあちゃんが見ていた時代劇みたいな喋り方だ。いや、似合っててカッコいいからいいんですが。
そしてそんなことを思ったのは、今日が初対面のわたしだけではなかったようで。
「若旦那~、毎度のことだけどあいさつカタいってば。あんまやりすぎると、その子逆に緊張しちゃうよー」
「……う、め、面目ない。つい」
「はいはい、うちのリーダーがこの調子なのはいつものことでしょ。分かってて突っつかないの、リラ」
「はあーい。あ、いまの私の名前ね。リラ・フリーデル、職業は神官でーす」
「あたしも言ってなかったわね。フィアメッタ・グラディオーレ、職業は精霊使い。長いからフィアでいいよ」
「あともう一人いるんだけど、今ちょっと別行動中なの。戻ったら改めて紹介するね~」
「とにかく、大事がなくて何よりです。甚大な被害の事故であったゆえ、みな案じておりました」
「あ、ご心配おかけして……、え? 事故?」
女の子二人からも名前を教えてもらい、再びお礼を言おうとしたところで、ふと思い至った。
(そういえば今って、ゲームだとストーリーのどの辺りなんだろう)
わたしは断じてやったことはないが、指揮をミスしてライバルが先に死ぬという展開もなくはないのがエトクロの怖いところで――逆にストーリーの最中でさえあれば、回避しようと躍起になっていた追放からの死亡エンドフラグをへし折れる可能性は十分ある。
ここに来た原因とかは置いといて、あの可哀想な運命を自力で変えられるんなら喜んで頑張らせてもらいたい。……ただ、一ヶ月かけて全ルート攻略してきて、こういうシーンは見た覚えがない。自分から思い出しといてなんだけど、嫌な予感がする。
『何のことですか』と大書きしてあるような、ぽかんとした表情だったんだろう。周りにいた三人がとたんに心配そうな表情になって、お互いの顔を見合わせた。
「覚えてないの!? どうしよ、私なにかミスったかなぁ」
「いや、リラのせいじゃないでしょ。頭を打ってなくたってあれだけ衝撃受けたら、記憶が混乱しても無理ないって。
三日前に大雨が降ってね、国境で崖っぷちの道を通ってた馬車が、泥に車輪を取られて落っこちたみたいなの」
「ちなみに現在地はランヴィエルの東隣、グローアライヒの山村です。ご在所がわかり次第送り届け……い、如何なされた!?」
「きゃー! しっかりーっっ」
「あああああ」
みなさんの声がひっくり返るのを聞きながら、頭を抱えてベッドの上でうずくまってしまった。だって、それってつまり、
(もうデッドエンド済みじゃんかー!!)
……嫌な予感は気のせいじゃなかった。何よりも回避したかった破滅エンド、悲しいことにとっくの昔に成立していたらしい。
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