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いざ、輿入れ④
しおりを挟むご当主の行動は早かった。伝令が最後まで言い終わるより先に、スカートを翻して外に走っていく。急いでそのあとに続こうとしたユーフェミアだったが、先の従僕に止められてしまった。
「い、いけません! うら若い女性にお見せできる状態では!」
「えっ、セシリア様だってお若いし女性ですよ?」
「いやあの、ご当主は宮廷で医官として勤めておられますので、少なからず耐性がおありかと……!」
「――ヨシュア、気を配ってくれるのはありがたいけど、ちょっとこちらを手伝ってちょうだい。ユーフェミアさん、今から弟を連れて入ります。ショックを受けたらごめんなさいね」
「は、はい!!」
落ち着いているがきびきびした声と口調に、条件反射で返事する。従僕が出て行ってからややあって、今度は半分だけ開いた扉をくぐって、ひとり増えた一行が戻ってきた――のだが、
(うわ、これはひどいな……!?)
その場にいた家人たちがいっせいに息を呑んだ。小さく悲鳴を上げたものもいる中、ユーフェミアは無言でわずかに眉をしかめる。
セシリアと、さっきすっ飛んでいったドア係に左右から肩を借りる形で、どうにか歩いているその人。初対面のはずなのにそう感じないのは、おそらく髪や目の色が姉上そっくりなことと、見るからに穏やかそうな顔立ちにも似通った部分があるせいだろう。纏っているのは銀の軽装鎧に、黒に近い藍色の上下という騎士の装束で、長身かつ体格の良い相手によく似合っている。
しかしながらその半分以上が、鈍い灰色の何かでべったりと覆われていた。特にひどいのが右半身で、ほとんど地の色が見えていない。引きずるように足を運ぶとがつん、と硬くて重い音が響く。そのたびにどこからともなく、やはり灰色をした粉がぱらぱらと床に散った。
進路をふさがないように脇によけて、ハンカチを使って粉を拾い上げる。何の臭いもしない、触り心地もいたって無機質だ。これはもしかして……
「皆、聞いてちょうだい! 一階の寝室に弟を運ぶから、すぐに熱湯と私の薬品箱を持ってきて、大至急お願い! ――まったくもう、なんて有り様ですか。王太子殿下の盾ともあろう者がこの大事な日に」
「はは、面目ありません……」
「返事は良いから、歩くことに集中なさい。こんな状態で倒れこんだりしたら、元々受けた傷以上に深手になりますよ!
ほら、ヨシュアも泣かないで! ユーフェミアさんが不安になるでしょう」
「う゛うううう、ず、ずびばせんっ」
「あ、わたしのことはどうぞお気になさらず……あの、もしかしなくてもこれ、石化の呪いでしょうか。もしくはそれ系の毒?」
さっき間近で観察した印象と、今のセシリアの発言を合わせれば十中八九間違いない。あえて質問する体を取ったのは、実際にそうなった人を見たのが初めてだったことと、フィンズベリー邸では知っていることを披露するたび『偉そうにひけらかすんじゃないよ、いけ好かない子だね!!』と叱られていたためだ。相手はケガや病気に関しては専門家なのだから、謙虚に行くのが礼儀ってものだろう。
幸いなことに、セシリアは頭ごなしに叱るタイプではなかったようだ。虚を突かれた風情で紫の目を丸くしてから、勢いよく頷いて話してくれる。
「そう、その通りです! 今回は毒の方ですね、起点は右脚の大腿部にある傷でしょう。触診した感覚では、下半身の石化により進行が見られました」
「じゃあ傷口から薬を入れたほうが、早く解毒できるんでしょうか」
「そうですね、理屈では……ですが直前まで動いていたせいで血流が良く、それに乗って拡散した毒の進行も速いんです。この状態であれば、経口摂取の方が確実かと」
弟を引きずって運びながらも、丁寧に答えてくれるご当主の説明はとても分かりやすかった。見立てが正しかったことと、ちゃんと伝えたいことを受け取ってもらえたことが嬉しくて、こんな状況だが胸がポカポカしてくる。そういうことなら、きっと自分も役に立てる!
「なるほど、よく分かりました! でしたらわたしもお手伝いします」
「医術の心得があるの!?」
「いえ、お恥ずかしながらあんまり詳しくなくて。でもわたしの『お土産』なら、大体のことに対応できると思います!!」
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