黄昏の空に竜の舞う

古森真朝

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第四章:竜滅の刃

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 一瞬アレルギーを思ってひやりとしたが、ぐっと手を握りこんでやり過ごした。ここ数日の訓練がちゃんと生きているのだと思うとうれしい。
 「本当にありがとうございます。プロテアは樹竜リーフドラゴンだから、寒いのに人一倍弱くて」
 「はは、さすがにやばかったですねぇ。式に出る前にシモンがフリーに戻るところでした」
 「あ、やっぱり竜騎士とパートナー候補なんだ。それで立志式に出るためにマルモアへ?」
 「はい。といっても、つい数週間前にコンビを組んだばかりなんですが」
 落ちていた片眼鏡モノクルを拾ってかけながら、プロテアと呼ばれたドラゴンがにっこり微笑んだ。
 樹竜とはその名の通り、半身が植物と一体化しているドラゴンで、冷害にはことのほか弱い一族だ。凍りついたままでいたら、下手をすると命に関わっていたかもしれない。間に合って良かった、本当に。
 「しかし、着いたとたんにこの騒ぎとは……竜騎士ともなればモンスター関連の出動なんて日常茶飯事でしょうが、まさか式典の前に襲撃されるとは思いませんでしたね」
 「……ごめん、おれが思いつきで動いたばっかりに」
 「シモンは悪くないですって。見るからに挙動不審な人がいたら、とりあえず声をかけるでしょう。普通」
 「――えぇっ!?」
 コンビ同士の会話の最中、突然降ってわいた情報にリーゼが声を上げる。大声に驚いて目を丸くしたシモンたちに、思わずずいっと詰め寄って問いただした。
 「それホント!? 氷獄鬼トロールが出る前に怪しい人がいた、って!」
 「え、は、はいっ」
 「いつ頃? ていうかどのへんで見たの!?」
 「ええっと、それはその……」
 凄まじい剣幕に、人の良さそうなシモンはすっかり腰が引けている。すがる眼差しを向けられて、微笑から苦笑になったプロテアが助け舟を出してくれた。
 「僕たち、ついさっき首都に着いたところでして。宿を取って、まだ日暮れには早いし適当に見て回ろうかという話になって外に出たら、大通り沿いにそこの市が見えたんです」
 メインストリートのヴァイス通りは、マルモアの中心街を南北に突っ切っている。一本道を外れると、すぐ東側が宿場町だ。
 問題の人物は、ちょうど公設市場を見渡せる路地の入り口に立っていた。具体的にはどう怪しかったか、というと、
 「頭からすっぽり黒いフードをかぶってて、顔を完全に隠してました。まだ日が高かったからすごく目立ってて」
 「あそこまで思いっきりあからさまだと、どうしていいかわからないものなんですねぇ……」
 「……うわ、なるほど」
 周りの通行人は関わり合いを避けて遠巻きにしていたが、生真面目なシモンは『騎士になったらこういうこともあるだろうし』と見なかったことには出来ず。刺激しないようにそっと声をかけたつもりだったのだが……
 「その人、いきなり路地の奥に走っていってしまって。あわてて追いかけて角を曲がったら」
 「さっきの氷獄鬼がいて、襲い掛かってきた、と」
 「ご名答です。よっぽど僕らに付けられたくなかったようで」
 それでまんまと凍らされたら世話は無いんですが、と苦々しくつぶやくドラゴンに、リーゼはうなりながら腕を組んだ。
 彼らが巻き込まれたのは十中八、九、首都を騒がせている竜騎士襲撃事件だ。これまでどれだけ調べても、襲撃者の影すら拝むことが出来なかったのだから、この証言は大きな手がかりになる。調査に行きづまっていた父たちに引き合わせればさぞ喜ぶだろう。
 しかし、何かが引っかかる。はっきり言葉に出来ないが、どこか違和感があるのだ。彼らの言い分はちゃんと辻褄があっているのに、もやもやしたものが消えてくれない。掴めそうで掴めない感じが気持ち悪い。
 悩むリーゼに、ふと思いついた風情でシモンが声をかけてきた。
 「あの、あなたのパートナーは? 『魔唄』を使っていたから、竜騎士なんですよね」
 「あ、ううん。私はまだ見習いなの。パートナーも決まってないし」
 「おや? でもさっきから、表通りの方で同族の気配がするような」
 「ライトは友人なの。ちょっと事情があって、うちで預かってて――」

 ズガァァァンッ!

 説明する語尾をかき消して、まさしくメインストリート方面から大きな破砕音が響いた。同時に、角の向こうからものすごい強風が駆け抜ける。一瞬で辺りが冬に逆行したかと錯覚するような、絶対零度の寒風だった。
 「今のって……!」
 「――お嬢さん。つかぬことをお伺いしますが、ご友人は怪我を負っておられたのでは」
 音の凄まじさに色をなくしたシモンを遮り、プロテアが鋭い語気で問う。とっさにそちらを向いたリーゼの目に、微笑を消した樹竜の面が飛び込んできた。真剣な表情をした顔の中で、真っ直ぐこちらを見る瞳が燐光を放っているのがわかる。被さる薄闇を切り裂く色合いは、紅玉ルビーにも勝る鮮やかな真紅。
 「血の臭いが濃くなりました。……少し、傷が開いたかもしれません」
 言葉が紡がれ終わるより早く、リーゼは弦楽器をつかんで駆け出していた。
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