30 / 33
第四章:竜滅の刃
6
しおりを挟む
一瞬アレルギーを思ってひやりとしたが、ぐっと手を握りこんでやり過ごした。ここ数日の訓練がちゃんと生きているのだと思うとうれしい。
「本当にありがとうございます。プロテアは樹竜だから、寒いのに人一倍弱くて」
「はは、さすがにやばかったですねぇ。式に出る前にシモンがフリーに戻るところでした」
「あ、やっぱり竜騎士とパートナー候補なんだ。それで立志式に出るためにマルモアへ?」
「はい。といっても、つい数週間前にコンビを組んだばかりなんですが」
落ちていた片眼鏡を拾ってかけながら、プロテアと呼ばれたドラゴンがにっこり微笑んだ。
樹竜とはその名の通り、半身が植物と一体化しているドラゴンで、冷害にはことのほか弱い一族だ。凍りついたままでいたら、下手をすると命に関わっていたかもしれない。間に合って良かった、本当に。
「しかし、着いたとたんにこの騒ぎとは……竜騎士ともなればモンスター関連の出動なんて日常茶飯事でしょうが、まさか式典の前に襲撃されるとは思いませんでしたね」
「……ごめん、おれが思いつきで動いたばっかりに」
「シモンは悪くないですって。見るからに挙動不審な人がいたら、とりあえず声をかけるでしょう。普通」
「――えぇっ!?」
コンビ同士の会話の最中、突然降ってわいた情報にリーゼが声を上げる。大声に驚いて目を丸くしたシモンたちに、思わずずいっと詰め寄って問いただした。
「それホント!? 氷獄鬼が出る前に怪しい人がいた、って!」
「え、は、はいっ」
「いつ頃? ていうかどのへんで見たの!?」
「ええっと、それはその……」
凄まじい剣幕に、人の良さそうなシモンはすっかり腰が引けている。すがる眼差しを向けられて、微笑から苦笑になったプロテアが助け舟を出してくれた。
「僕たち、ついさっき首都に着いたところでして。宿を取って、まだ日暮れには早いし適当に見て回ろうかという話になって外に出たら、大通り沿いにそこの市が見えたんです」
メインストリートのヴァイス通りは、マルモアの中心街を南北に突っ切っている。一本道を外れると、すぐ東側が宿場町だ。
問題の人物は、ちょうど公設市場を見渡せる路地の入り口に立っていた。具体的にはどう怪しかったか、というと、
「頭からすっぽり黒いフードをかぶってて、顔を完全に隠してました。まだ日が高かったからすごく目立ってて」
「あそこまで思いっきりあからさまだと、どうしていいかわからないものなんですねぇ……」
「……うわ、なるほど」
周りの通行人は関わり合いを避けて遠巻きにしていたが、生真面目なシモンは『騎士になったらこういうこともあるだろうし』と見なかったことには出来ず。刺激しないようにそっと声をかけたつもりだったのだが……
「その人、いきなり路地の奥に走っていってしまって。あわてて追いかけて角を曲がったら」
「さっきの氷獄鬼がいて、襲い掛かってきた、と」
「ご名答です。よっぽど僕らに付けられたくなかったようで」
それでまんまと凍らされたら世話は無いんですが、と苦々しくつぶやくドラゴンに、リーゼはうなりながら腕を組んだ。
彼らが巻き込まれたのは十中八、九、首都を騒がせている竜騎士襲撃事件だ。これまでどれだけ調べても、襲撃者の影すら拝むことが出来なかったのだから、この証言は大きな手がかりになる。調査に行きづまっていた父たちに引き合わせればさぞ喜ぶだろう。
しかし、何かが引っかかる。はっきり言葉に出来ないが、どこか違和感があるのだ。彼らの言い分はちゃんと辻褄があっているのに、もやもやしたものが消えてくれない。掴めそうで掴めない感じが気持ち悪い。
悩むリーゼに、ふと思いついた風情でシモンが声をかけてきた。
「あの、あなたのパートナーは? 『魔唄』を使っていたから、竜騎士なんですよね」
「あ、ううん。私はまだ見習いなの。パートナーも決まってないし」
「おや? でもさっきから、表通りの方で同族の気配がするような」
「ライトは友人なの。ちょっと事情があって、うちで預かってて――」
ズガァァァンッ!
説明する語尾をかき消して、まさしくメインストリート方面から大きな破砕音が響いた。同時に、角の向こうからものすごい強風が駆け抜ける。一瞬で辺りが冬に逆行したかと錯覚するような、絶対零度の寒風だった。
「今のって……!」
「――お嬢さん。つかぬことをお伺いしますが、ご友人は怪我を負っておられたのでは」
音の凄まじさに色をなくしたシモンを遮り、プロテアが鋭い語気で問う。とっさにそちらを向いたリーゼの目に、微笑を消した樹竜の面が飛び込んできた。真剣な表情をした顔の中で、真っ直ぐこちらを見る瞳が燐光を放っているのがわかる。被さる薄闇を切り裂く色合いは、紅玉にも勝る鮮やかな真紅。
「血の臭いが濃くなりました。……少し、傷が開いたかもしれません」
言葉が紡がれ終わるより早く、リーゼは弦楽器をつかんで駆け出していた。
「本当にありがとうございます。プロテアは樹竜だから、寒いのに人一倍弱くて」
「はは、さすがにやばかったですねぇ。式に出る前にシモンがフリーに戻るところでした」
「あ、やっぱり竜騎士とパートナー候補なんだ。それで立志式に出るためにマルモアへ?」
「はい。といっても、つい数週間前にコンビを組んだばかりなんですが」
落ちていた片眼鏡を拾ってかけながら、プロテアと呼ばれたドラゴンがにっこり微笑んだ。
樹竜とはその名の通り、半身が植物と一体化しているドラゴンで、冷害にはことのほか弱い一族だ。凍りついたままでいたら、下手をすると命に関わっていたかもしれない。間に合って良かった、本当に。
「しかし、着いたとたんにこの騒ぎとは……竜騎士ともなればモンスター関連の出動なんて日常茶飯事でしょうが、まさか式典の前に襲撃されるとは思いませんでしたね」
「……ごめん、おれが思いつきで動いたばっかりに」
「シモンは悪くないですって。見るからに挙動不審な人がいたら、とりあえず声をかけるでしょう。普通」
「――えぇっ!?」
コンビ同士の会話の最中、突然降ってわいた情報にリーゼが声を上げる。大声に驚いて目を丸くしたシモンたちに、思わずずいっと詰め寄って問いただした。
「それホント!? 氷獄鬼が出る前に怪しい人がいた、って!」
「え、は、はいっ」
「いつ頃? ていうかどのへんで見たの!?」
「ええっと、それはその……」
凄まじい剣幕に、人の良さそうなシモンはすっかり腰が引けている。すがる眼差しを向けられて、微笑から苦笑になったプロテアが助け舟を出してくれた。
「僕たち、ついさっき首都に着いたところでして。宿を取って、まだ日暮れには早いし適当に見て回ろうかという話になって外に出たら、大通り沿いにそこの市が見えたんです」
メインストリートのヴァイス通りは、マルモアの中心街を南北に突っ切っている。一本道を外れると、すぐ東側が宿場町だ。
問題の人物は、ちょうど公設市場を見渡せる路地の入り口に立っていた。具体的にはどう怪しかったか、というと、
「頭からすっぽり黒いフードをかぶってて、顔を完全に隠してました。まだ日が高かったからすごく目立ってて」
「あそこまで思いっきりあからさまだと、どうしていいかわからないものなんですねぇ……」
「……うわ、なるほど」
周りの通行人は関わり合いを避けて遠巻きにしていたが、生真面目なシモンは『騎士になったらこういうこともあるだろうし』と見なかったことには出来ず。刺激しないようにそっと声をかけたつもりだったのだが……
「その人、いきなり路地の奥に走っていってしまって。あわてて追いかけて角を曲がったら」
「さっきの氷獄鬼がいて、襲い掛かってきた、と」
「ご名答です。よっぽど僕らに付けられたくなかったようで」
それでまんまと凍らされたら世話は無いんですが、と苦々しくつぶやくドラゴンに、リーゼはうなりながら腕を組んだ。
彼らが巻き込まれたのは十中八、九、首都を騒がせている竜騎士襲撃事件だ。これまでどれだけ調べても、襲撃者の影すら拝むことが出来なかったのだから、この証言は大きな手がかりになる。調査に行きづまっていた父たちに引き合わせればさぞ喜ぶだろう。
しかし、何かが引っかかる。はっきり言葉に出来ないが、どこか違和感があるのだ。彼らの言い分はちゃんと辻褄があっているのに、もやもやしたものが消えてくれない。掴めそうで掴めない感じが気持ち悪い。
悩むリーゼに、ふと思いついた風情でシモンが声をかけてきた。
「あの、あなたのパートナーは? 『魔唄』を使っていたから、竜騎士なんですよね」
「あ、ううん。私はまだ見習いなの。パートナーも決まってないし」
「おや? でもさっきから、表通りの方で同族の気配がするような」
「ライトは友人なの。ちょっと事情があって、うちで預かってて――」
ズガァァァンッ!
説明する語尾をかき消して、まさしくメインストリート方面から大きな破砕音が響いた。同時に、角の向こうからものすごい強風が駆け抜ける。一瞬で辺りが冬に逆行したかと錯覚するような、絶対零度の寒風だった。
「今のって……!」
「――お嬢さん。つかぬことをお伺いしますが、ご友人は怪我を負っておられたのでは」
音の凄まじさに色をなくしたシモンを遮り、プロテアが鋭い語気で問う。とっさにそちらを向いたリーゼの目に、微笑を消した樹竜の面が飛び込んできた。真剣な表情をした顔の中で、真っ直ぐこちらを見る瞳が燐光を放っているのがわかる。被さる薄闇を切り裂く色合いは、紅玉にも勝る鮮やかな真紅。
「血の臭いが濃くなりました。……少し、傷が開いたかもしれません」
言葉が紡がれ終わるより早く、リーゼは弦楽器をつかんで駆け出していた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
貞操逆転世界の温泉で、三助やることに成りました
峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
貞操逆転で1/100な異世界に迷い込みました
不意に迷い込んだ貞操逆転世界、男女比は1/100、色々違うけど、それなりに楽しくやらせていただきます。
カクヨムで11万文字ほど書けたので、こちらにも置かせていただきます。
ストック切れるまでは毎日投稿予定です
ジャンルは割と謎、現実では無いから異世界だけど、剣と魔法では無いし、現代と言うにも若干微妙、恋愛と言うには雑音多め? デストピア文学ぽくも見えるしと言う感じに、ラブコメっぽいという事で良いですか?
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~
真朱マロ
ファンタジー
英雄とゆかいな仲間たちの毎日とアレコレ
別サイトにも公開中
広大な海と大陸で構成されたその世界には、名前がなかった。
名前のない世界で生きる黒熊隊にかかわる面々。
英雄ガラルドとゆかいな仲間たちの物語。
過去、別サイトで「英雄のしつけかた」の題で公開していました。
「英雄のしつけかた」←英雄ガラルドとミレーヌの物語。
東の国カナルディア王国に住む家政婦のミレーヌは、偶然、英雄と呼ばれる男に出会った。
「東の剣豪」「双剣の盾」という大きな呼び名も持ち、東流派の長も務める英雄ガラルド・グラン。
しかし、その日常も規格外で当たり前とかけ離れたものだった。
いくら英雄でも非常識は許せないわ!
そんな思いを胸にミレーヌは、今日もフライパンを握り締める。
階段落ちたら異世界に落ちてました!
織原深雪
ファンタジー
どこにでも居る普通の女子高生、鈴木まどか17歳。
その日も普通に学校に行くべく電車に乗って学校の最寄り駅で下りて階段を登っていたはずでした。
混むのが嫌いなので少し待ってから階段を登っていたのに何の因果かふざけながら登っていた男子高校生の鞄が激突してきて階段から落ちるハメに。
ちょっと!!
と思いながら衝撃に備えて目を瞑る。
いくら待っても衝撃が来ず次に目を開けたらよく分かんないけど、空を落下してる所でした。
意外にも冷静ですって?内心慌ててますよ?
これ、このままぺちゃんこでサヨナラですか?とか思ってました。
そしたら地上の方から何だか分かんない植物が伸びてきて手足と胴に巻きついたと思ったら優しく運ばれました。
はてさて、運ばれた先に待ってたものは・・・
ベリーズカフェ投稿作です。
各話は約500文字と少なめです。
毎日更新して行きます。
コピペは完了しておりますので。
作者の性格によりざっくりほのぼのしております。
一応人型で進行しておりますが、獣人が出てくる恋愛ファンタジーです。
合わない方は読むの辞めましょう。
お楽しみ頂けると嬉しいです。
大丈夫な気がするけれども一応のR18からR15に変更しています。
トータル約6万字程の中編?くらいの長さです。
予約投稿設定完了。
完結予定日9月2日です。
毎日4話更新です。
ちょっとファンタジー大賞に応募してみたいと思ってカテゴリー変えてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる