黄昏の空に竜の舞う

古森真朝

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第一章:竜、北の空より来たる

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 地上でそんなやりとりが交わされていた頃、かろうじて衝突を回避した銀の竜は東に向けて大きく旋回していた。出来るだけ街から距離をとろうと、動かない翼で力いっぱい羽ばたいていく。
 まとわりつく無数の鴉、いや鴉の姿をした魔物たちを、電撃で少しずつ剥がしながら、もう一息距離を稼ごうと重い翼に力を込める。が、

 ばきっ!

 小さく、しかし何かが確実にはぜ割れた音が鱗の奥から響いた。同時に、目の前が真っ白になるほどの激痛が右の肩と翼を貫く。そのまま落下しそうになるも、広がる街並みを見て必死で体勢を立て直した。ここで気を失うわけには行かない。
 だが、延々冷気を浴びせられ続けた身体は、もはや持ち主の意思をほとんど反映してくれなかった。一体どうすれば……
 「――――」
 何かが耳をかすめた。先の不吉な破砕音とは全く違う、弦と言の葉の柔らかな響き。
 傾く視界に、通り過ぎてきた白亜の壁が小さく映りこむ。竜の五感をもってしても、人の声など聞こえるはずもない距離だというのに、調べは確かに伝わってきた。鼓膜ではなく、魂を震わせて。
 「澄み渡る寂寞に 月の影落ちて
 焦がれ求める運命を 見守る星々――」
 初めて聞く、しかしどこか懐かしい音律。はるか昔に交わされた、人と竜を結ぶ約束の音色だ。血と魂に刻み付けられた旋律は、もう動かないはずの片翼に力を与えた。山際で大きく弧を描いて旋回し、導かれるままに空を駆け始める。
 再び城が近づいてくる。人をはるかにしのぐドラゴンの視力が、視線よりやや下に小さな影を認めた。歌う声が現実の音となって、耳に届き始める。
 「――刹那にも満たぬ刻 風花に寄せ
 永久を翔ける誓い 天球に結ばん」
 澄み切った調べに半ば陶然となりながら飛んでいた竜は、にわかにはっとした。本能に従って進路を取ったが、このままではまた先の二の舞だ。それも、今度は十中八九人を巻き込む。
 にげろ、というつもりで咆哮を放つも、人影は動かない。すでにその背格好がはっきり見て取れる距離だというのに、動じたそぶりが全くないのだ。真鍮とガラス板で作られたドーム状の足場で片ひざをつき、慣れた手つきで携えたリュートを爪弾いていく。
 「遙か佇む山麓 巡りたゆたう水唄
 息吹く生命のその全て 等しく愛しいこの大地くによ!」
 朗々と歌を紡ぎあげた歌い手が、突然伏せていた瞳を上げた。声と同じく澄み切った藍と、真正面から視線が交わった刹那、その面にぱっと笑みが咲く。
 一瞬で魅入られて、尾で舵を取ることも忘れた。そんな竜に向かって、破滅を打ち払う凛とした響きで、少女は呼びかける。
 「大丈夫、そのまま飛んで! 今よロゼッタ!」
 「ぃよっしゃあ!」
 どこからともなく飛んできた景気のいい声に応じて、少女が軽やかに飛び降りた。それと同時、今まで彼女が立っていた足場――温室の屋根が、真鍮の枠ごとぱかりと跳ね上がり――

 ばしゅうううう――――っ!

 視界一面を染め尽くして、白い蒸気が一気に噴き出した。熱い。緑の匂いがする。
 すさまじい噴出力に前進が止まった。ほぼ同時、耳障りな鳴号が立て続けに上がり、全身に取り付いていた氷鴉がぼろぼろとはがれ落ちる。地面に触れると同時、黒いシミのようになって溶け消えていくのを確認して、固唾を呑んで見守っていたリーゼは力いっぱいガッツポーズを取った。
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