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第二章:
大正オトメ辻占噺⑥
しおりを挟む早速次のカードを手に取る。こちらには背の高い帽子と長衣姿で、三本十字が飾られた杖を持つ男性の姿がある。先の『女司祭』同様、上下が逆になった状態で出ていた。
「二枚目は現在の状況です。このカードは『法皇』といって、西洋では宗教上のトップでとても偉いです。一国の王様でもなかなか逆らえません。
そんなわけで、誰かを正しく導く力や知恵、もしくはそれがある人を表します。人で言うと先生とか、芸事のお師匠様とか、お坊さんとか神父様ですかね」
「でも、こちらも逆ですね……ということは」
「はい。地位とか財力とかのある誰かが、その力を利用して悪いことをしている、という意味になります」
多分、その縁談相手のことだ。商売で成功する人が全員そうだとは言わないが、現代だって詐欺まがいのあくどいことを平気でやるヤツは大勢いる。まんまとひと財産を築いた後に望むのは、もちろん血筋と家柄が確かな相手との結婚だ。
(義母さんはこの子を追い出したい。後妻にって言ってきた相手は、良い家柄の人たちと繋がりたい。お互いの需要と供給が一致しちゃったわけか、やな話だなぁ)
内心げんなりしつつ、顔に出さずに手元を見やる。最後に残ったカードは、唯一ひっくり返らずに出ていた。天から駆け下った雷に当たって、砕け散る尖塔と落下する人々の絵だ。見るからに恐ろしい図柄には、印象通りの強烈な意味合いがある。
「最後、三枚目は未来を表します。これは『塔』といって、意味は破壊と流れの転換。つまり、何か大きな変化が起こるのを示しています。正位置ですから、ごく近々のことですね。ついでに」
ここで再び絵柄に注目する。落下する人々のうち、一人は立派な王冠を被っている。冠は国を治める者の証、転じて権力者や集団のリーダーの象徴だ。さらに稲妻や落雷といえば、古くは神々の怒りであり、裁きの鉄槌とも考えられていた。と、いうことは、
「その縁談のひと、わりと近日中にパクられるんじゃないですかね……」
「ぱく??」
「いやっその、今までの悪さがバレて官憲のご厄介になるのかな、って」
「ええええ!?!」
「ああっごめん不用意なこと言って!! だいじょーぶですっ、アドバイスカード引きますからっっ」
青ざめて涙目になっている相手に、必死で謝ってカードの残りを手に取った。引き抜いたのは、巨大な車輪と不思議な動物が描かれた札だ。正直目にした瞬間、心でガッツポーズをとった。よし、何とかなるぞ!
「『運命の輪』ですね! これはチャンス、じゃない、好機だとか転換期だとかを表します。正位置なので今こそ行動するときだ! って教えてくれてます。あと、ここの杖が見えますか?」
「え、ええ。へび? が二匹絡みついてる……」
「そうです、これは西洋では医学の神様の象徴です。ついでに、わたしにはこのわっかが時計の文字盤に見えました。併せて読み解くなら――
病気にかかったふりをして、時間を稼げ。ですかね」
嫁入りに支障が出る、つまりちゃんと養生しないと跡が残ったり、そばにいたら感染ったりするような病気だとなおいい。代表的なのは天然痘とか結核とか、だろうか。
依頼人の顔色が断然良くなった。が、まだ表情は不安そうだ。顔つきそのものの声で訊いてくる。
「あの、でも、頼れる人が……家族はみんな縁談に乗り気ですし……」
「お友達とか知り合いとか、誰でもいいです。羽という字が入っている、もしくは天使を思わせる名前のひと、いませんか? その人に相談してみるといいかも」
カードのすみっこに、笛を持った天使の横顔が描いてあって、それが妙に気になったのだ。口に出してみたところ、一拍おいてぱっと顔が輝いた。今までで一番いい反応だ。
「羽と天使……っ、います! 学校に!! いつも仲良くしてくれて!!」
「よし! じゃあ早速相談です、もしダメだったら教会とか神殿、もしくはお寺に駆け込みましょう!! 征ってらっしゃいッ」
「ありがとうございます!! いってまいりますー!!!」
来客対応中ということをうっかり忘れた口調で激励し、念のため最終手段を伝授した上で送り出した梓紗である。さすがに『行く』の字が違うことには気づかなかったようで、全力で走り去っていく女学生さんは輝くような明るい表情になっていた。元気になって良かった、どうか上手くいきますように。
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