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第一章:

うちの家主が言うことには③

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 急に思ってもみなかったことを訊ねられた。ああいう家庭環境だ、幸せだとか満足だという認識自体、ずいぶんとご無沙汰だったように思う。それでも律儀に考えて、

 「強いて言うなら、だけど……にわか雨に降られて困った記憶がないとか、インフルエンザが大流行してたときでも一回もかかったことがないとか……あ、あと占い。完全にシュミでやってるだけだけど、そこそこ当たってる気が」

 『うん、思い出せて何よりだ。そういった小さな分岐は、生き方によって選び方が変わってくる。君のように周りに理解者が少ないとき、人間は無意識に俯きがちになるんだが』

 ごくまれに、生まれ育った環境やら周囲の思惑やらに左右されず、より良い方を無意識に選択するものがいる。日頃から目立って運が良いとか、ここ一番で自分の欲しいものを引き寄せたりとか。そういった人間は常世――現世に対してそう呼ばれる場所に住む、精霊や妖怪などとつながったり、認識したりしやすいのだとか。

 『で、そういった者たちは五感もおれ達に近くてな。普通なら渋くて食べられないような仙桃でも、水蜜桃のように甘く感じる。昨夜おいしそうに平らげただろう?
 まあそもそも時空の剥離を切り抜けて、自力でマヨイガにたどり着いた時点で予想はしていたけどな』

 「じくうのはくり……え、剥離するものなの?」

 『たまにな。羽根や鱗が抜け落ちるようなものだ。
 現世でもある日突然、行方がわからなくなる者たちがいるだろう。彼らの何割かは、これに巻き込まれていると見て良い。……最近、妙に多いような気はするが』

 最後の部分は独り言のような口調で、ふと目を細めて考えるそぶりをした白澤だったが、すぐにふかふかの頭を振って居住まいを正した。座り直した拍子に、座布団がもふっ、と柔らかく形を変える。
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