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第一章:
断章・壱
しおりを挟む帝都に夜の帳が落ちる。
一昔前までは提灯くらいしか照明具がなく、日が落ちると歓楽街以外はほぼ真っ暗だった。しかし最近は瓦斯灯が普及してきており、夕暮れを一刻も過ぎているとは思えないほどに明るい。
もっとも、それはしっかり舗装されている表通りに限ってのこと。一本でも裏道に入れば、いまだに道は土がむき出しだし、日没と同時に濃い闇がわだかまる。そう、今夜のように。
(この辺りか、報告があったのは)
現場近くに差し掛かったのを確認して、鷹司は気を引き締める。一歩踏み出すと、舗装に触れた靴底がかつん、と硬い音を響かせた。
軍靴を鳴らして闊歩していくと、通りを行き過ぎる市民が畏れたように道を譲ってくる。別に威嚇したわけではないから若干申し訳なさを感じるが、急ぐのは確かだからありがたく歩を進めることにした。軽く軍帽を傾けることで謝意を示すと、相手は安堵した風情で会釈を返して去っていく。
ほっと息をついたところで、右の肩先に違和感を覚えた。歩きながら軽く上げようとしたところ、ずきりと無視できない痛みが走る。……しまった、ただの打ち身だからと、包帯だけで固定したのがまずかったか。思ったよりも回復が進んでいない。
「膏薬の匂いがすると、皆心配するからな……梅ヶ瀬だとか」
ぼやくようにつぶやいて、ほんのわずかに口元をゆるめる。またそんな怪我をしてと、心配性の同僚が血相を変えるのが目に見えるようだ。
(大佐殿がご覧になったら、また叱咤されそうだ)
お前は恐れを知らなさすぎる、もっと自分を大事にしろ。日頃からそう言って気を配ってくれる、直属の上司が脳裏を過ぎった。別に自分をないがしろにしているわけではないのだが、後先考えず前に出てしまう癖があるのは確かだ。少々反省しなくては。
(本日は現場の検分を行うだけだ、即座に特務へ入ることはない。……おそらく)
まだ体調も万全ではないから、しばらくは様子見のつもりでいる。
ひと通り警邏を続けて、何事もなければそれでよし。もしもなにがしかが起って、それが自分たちの『専門分野』であった場合は――やはり、怪我を押してでも打って出ることになる。あとで多方面からしこたま叱られるだろうけども。
そうならないことを祈っておくか、と独り言ちて。軍服軍帽の後ろ姿は、帝都の雑踏に紛れていく。
――そう遠くはない将来。懸案事項のほとんどが解決する代わりに、新たな頭痛の種が降って湧くことを、彼はまだ知らない。
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