辻占い師は大正浪漫な異世界で失せモノ探し人をめざす

古森真朝

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第一章:

山の主の屋敷にて③

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 人間、驚きすぎると一周回って逆に冷静になるものだ。どう頑張ってもぬいぐるみにしか見えないラブリーな物体から自己紹介されるという、もしかしなくても人生初の体験に見舞われた梓紗もそうだった。

 「……えーと、ハクタクって何?」

 『うん、あまりこちらでは知られていないな。海を渡った大陸で生まれた、いわゆる霊獣の仲間だ。絵を描いて飾ると、疫病や災厄を祓う、というな』

 「へえ、アマビエみたいなもんかな」

 『彼らみたいに予言は出来ないが、まあそんなところだ』

 つい最近になって、ネットの海で大フィーバーを起こした古の妖怪である。そんなのの話題を振られてもすかさず的を得た返事をできた辺り、この子もなかなか物知りなようだ。

 声は可愛いがしゃべり方は落ち着いているし、少なくとも今のところは害意を感じないし。ちょっとは安心しても良いだろうか。

 『大丈夫。ここはどこでもあって、どこでもない場所だ。君を虐げてくる相手からも守ってやれる、安心していい』

 「ありがと……って、今さりげなく心読んだ!? いやそれ以前にあたしの現状っ」

 『うん、雰囲気でなんとなく。長生きだからなぁ、すっかり勘が鋭くなってしまった』

 「……う、うわあ」

 はふう、とため息をついたぬいぐるみ改め白澤、やれやれ困ったもんだという風情である。一から説明しなくて済んだのは助かったしかくまってくれるのもありがたいが、知られたくないことまでいつの間にかバレていそうでちょっと怖い。

 がしかし、そんなことを思い浮かべて考えを煎じ詰めるには、梓紗は疲れすぎていた。なんせ三十年弱に及ぶ抑圧を全身全霊で跳ねのけたばかりだ、気力も体力も限界に近い。住んでいいというのなら、ここはご厚意に甘えよう、そうしよう。

 『まあそんなわけだ、とりあえず疲れただろう。今日はもう遅いし、滋養のあるものを食べて湯あみをして休むといい。桃は好きか?』

 「わっ、あるの!? 大好き!」

 『ふふふ、それは良かった』

 つい子どもみたいにはしゃいでしまった梓紗に、白澤は呆れるでもなくにこにこと笑って、どこからともなく美味しそうな水蜜桃を差し出してくれたのだった。





 ――振り返ってみれば、これが全ての始まりだったわけなのだが。

 そう思い至って頭を抱えるのは、残念ながらすっかり巻き込まれてしまった後のことである。
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