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第一章:
独白・壱
しおりを挟むどこかで何か、大きなものが崩れる気配がして、意識が浮上した。
うっすらと目を開けると、寝入る前と全く同じ光景がそこにあった。広々とした畳敷きの部屋、飴色に輝く正木の柱、床の間に飾られた枯淡な風情の掛け軸に、同じく年月を経た香炉。趣味よくあつらえられた和室はどこもかしこも整然として、埃一つ落ちてはいない。
しかし一方で、己が眠ってからの時の流れをはっきり示すものもあった。床の間の柱に掛けた、竹ひごを編んで作った花器が空っぽだ。確かに活けておいたのに、と視線を動かしていくと、真下の床でかさかさになっている花を見つけた。よくよく観察すれば、花器にはすっかり水気を無くした枝だけが残っているのがわかる。
(……やれやれ、詮無いことだ)
ここのところずっと、こんなことの繰り返しだ。自由に身動きが取れないから、こちらから外に出て誰かと語らうことはできない。しかしその一方で、通りすがる誰かがこの家を訪れる可能性は無きに等しい。
自分たちは薄暮に浮かぶ、一時の幻のごときものだ。今のような時代には、そういう不可思議を容れてくれる余地はないだろう。
それでも、と、花を活けて待つことをやめられない。人に触れて人を愛して、ともに歩んでいきたいという思いを捨てきれない。そんな自分が嫌いではないからこそ、困ってしまうのだけれど。
(今は何月かな。もし間に合うのなら、同じ花を)
庭から一枝取ってこよう。そして、はるか西の国で語られる意味を添えて、同じ床の間に活けておこう。
我ながらいい考えだと、機嫌よく口元を緩めながら。邸の主は、再び微睡みの中にたゆたっていった。
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