辻占い師は大正浪漫な異世界で失せモノ探し人をめざす

古森真朝

文字の大きさ
上 下
1 / 18

プロローグ

しおりを挟む



 うるさい。どいつもこいつも本っとに、とにかくうるさい。

 (とっとと縁切ってりゃ良かった、あんな奴ら!)

 怒りに任せてきつく結っていたシニョンをほどくと、何の変哲もない黒髪が勢いよく広がった。一日中まとめていたせいで、あちこちが妙な方向にひん曲がって跳ねまくっているが無視だ、無視。

 いたって普通の平日の夜、しかも全席指定のグリーン車とあって、辺りに自分――梓紗以外の人影はほとんどない。先ほど後ろからやって来た車内販売の女性は、こちらと目が合うなり笑顔を引きつらせてワゴンごと猛スピードで去って行ってしまった。よっぽど怖かったらしい。

 (今頃バックヤードでいろいろ言われてるんだろうなぁ、なんかすごい形相の人がいたって)

 そしておしゃべりはどんどん盛り上がって、なんであんなご面相かつろくに荷物も持たず、観光地行きの新幹線に乗り込んでいるのかという予想に発展することだろう。たとえば嫌な上司に出張を押し付けられたとか、出がけに恋人とケンカしたとか、はたまた夕方のにわか雨に巻き込まれてしまったとか――残念ながらどれとも違うのだが、まあ、まず思いつかないはずだ。

 (勝手にお見合い決めて勝手に婚約決めて勝手に結納まで済ませて、それきり会ってなかったし連絡も取らせなかった相手が、他の女に乗り換えたら私のせい? バカじゃないのうちの家族)

 こうやって整理するとますます嘘くさいが、紛れもなく事実である。現についさっきまで、お前の色気が足りないせいだとか何とか、スマホ越しにさんざん文句を言われたばかりだ。

 ……そもそも冷静になってみれば、梓紗には昔から選択権が与えられたためしがない。弟妹の出来がよかったせいか、何かと後回しかつ適当に扱われてきた。高校や大学は下の足を引っ張らないよう『絶対合格できる公立』にさせられたし、就職の際も『どうせすぐ結婚してやめるんだから』という理由で地元の企業内から選んだ。というかごり押しされた。結婚については先に出た通りだ。

 お前に自分の意思はないのか、と言われるだろう。実際数少ない友人たちにもさんざん言われた。が、こちらの意見を『わがまま』の一言で押しつぶして『お前はどうせ何もできないんだから大人しく言うことを聞いていればいい』なんて平気でいう人種相手に、何をどうやって意思を通せというのか。当時は全く知らなかったけれど、ああいうのを毒親というらしい。まさしく言い得て妙だと、初めて聞いたとき深く納得したものだ。

 とにかくそんなわけで、物心ついてから二十数年。世に言うアラサーに差し掛かるまで、半分以上諦めながらもどうにか耐えてきたのだが、今回の一件でとうとう堪忍袋の緒が切れた。

 『うるせぇ黙れ自分で何とかしろ!!! もう金輪際あたしに構うんじゃね――――っっ!!!!』

 「……って、ビルの真ん前で叫んじゃったからなー。きっと今頃会社でもウワサで持ち切りだよなー」

 他にひとがいないのをいいことに、口に出してぼやいてみる。その後すぐさまアパートに取って返し、貯めるばかりで使っていなかった通帳を持って飛び出して、駅に着いたときちょうど滑り込んできた新幹線に飛び乗って、現在に至るわけだ。

 ちなみにGPS搭載のスマホは真っ二つにかち割って、自宅のごみ箱に放り込んできた。怒りのパワーってすごいなぁと、妙に感動したのを思い出す。というか、あれだけのことが出来るんなら、もっと早く縁を切ればよかったとも思う。

 「京都についたらホテル取って、思いっきり寝よう。これからどうするかはその後考えよう、うん」

 もう二度と実家には近づかない。職場も住処も遠くに変えて、自分一人で生きていこう。……そしたらいつか、少しはしあわせになれるだろうか。

 未だに怒りは鎮まらないが、夜景を背負った窓に映り込む梓紗の目は、多少険が取れてきたようだ。そう思ったらなんだか喉まで渇いてきた。

 「自販機ってあったかな……」

 さっきの今で、車内販売のひとと顔を合わせるのは気まずすぎる。ひとまず散策もかねて見てこようと席を立って、

 ――ばきん!!

 「、へっ」

 何処からともなく、澄んだ硬い音が響いた。一瞬遅れて、目の前に亀裂が走る。

 窓ガラスが割れたのかと思ったが、違う。風景そのものにヒビが入って、見る見るうちに蜘蛛の巣状に広がり、無残に破片になって崩れ落ちていく。状況が理解できずうろたえているうちに、崩壊が足元まで達して――

 とっさに頭を抱えた瞬間、全身が宙に舞った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...