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影樹
しおりを挟む「シニッカさん、影樹ってこんなふうに王都のそばに生えるものなんですか?」
「ありえませんね。他国はともかくプロティファ王国には膨大な聖魔力をお持ちのソラウ様がおりますので」
「半年に一度結界祝石を浄化できるのなんてソラウ叔父様のおかげですよ。それにしても困ったぁ~! 王太子が実習中に女生徒と行方不明ってだけでも大変なのに、さらに影樹まで……!」
「ソラウ様がリーディエ様のためにお帰りを早めていなければ、どうなっていたか考えるのも恐ろしいですね。殿下にはしっかり反省いただくよう、マーキア様からしっかりご忠告申し上げてくださいませ」
にっこりと微笑むオラヴィさん。
わ、わあ、こんなに怖い笑顔のオラヴィさん初めて見た。
私が怯えていると、マーキア様も口元を引きつらせている。
王太子殿下を叱る役目なんて、嫌われそうで怖いですね。
「リーディエ様、後ろへ!」
「はえ!?」
そんな怖い微笑みを浮かべていたオラヴィさんが、私をシニッカさんの方に突き飛ばしてどこからともなく腕の長さくらいある剣を取り出した。
その剣で頭上を通り過ぎたなにかを切り裂く。
私にはなにが起きたのか、さっぱりわからなかった。
でも、地面に人の頭ほどある蜂が真っ二つになって転がったのを見て息を呑んだ。
「マーキア様、魔法を! 数が多い!」
「俺、土属性なんだよねぇ!?」
「シニッカ!」
「で、ではマーキア様はリーディエ様をお守りください!」
話が私を取り残して進んでいく。
辺りを見回すと、森の中から大きな蜂が群れを成してこちらに近づいてきた。
シニッカさんも魔法で杖を出し、前へと突き出す。
襲ってくる数体の大蜂は、オラヴィさんが倒していくけれど、倒しても倒しても無尽蔵に新たな大蜂が集まってくる。
そのことでようやく私も事態を飲み込んできた。
私今、魔物に襲われているんだ……!
この大きな蜂が魔物で、オラヴィさんが倒しているのが魔物。
虫の姿の魔物。これが、魔物……!
「兄さん!」
シニッカさんが叫ぶと、オラヴィさんが踵を返して戻ってくる。
それを追って集まる大蜂に、シニッカさんの火魔法が放たれた。
「ファイヤーウォール!」
巨大な炎の壁が集まってきた大蜂を、シニッカさんの火魔法が呑み込んで倒す。
火魔法が収まると、小さな魔石が地面に体調に落下していた。
それを拾う時間もなく、新たな群れが森から出てきてしまう。
「リーディエ様、マーキア様を連れて屋敷へお逃げください! 想定以上に魔物の誕生数が多く、早い!」
「そんな……! シニッカさんとオラヴィさんはどうするんですか!?」
「リーディエ様、俺たちが一緒にいる方が気を遣わせるから逃げよう!」
「~~~っ……わ、わかりました……!」
マーキア様に手を掴まれて、大蜂をオラヴィさんとシニッカさんに任せて走り出す。
あんな数の魔物に囲まれて、二人は大丈夫なんだろうか。
走りながら後ろを振り返ると、大蜂の進化型のような一回り以上大きな蜂の魔物が二人に近づいていくのが見えた。
針をお尻からオラヴィさんとシニッカさんへ連射して放ち、二人が地面に倒れ込むのを見てマーキア様の手を振り払ってしまう。
「リーディエ様!?」
マーキア様が私の名前を呼ぶ。
でも、マーキア様を振り返ることもできない。
近づいてくる大型大蜂。
魔物は資源。
でも、強い魔物に殺されてしまう人も多い。
大型は強いし、騎士団や魔法師団でも犠牲者が出るのだと――
「やめて!」
お尻の針を二人に向ける大型大蜂。
嫌だ、オラヴィさんとシニッカさんは私の味方。
いつもそばで、一緒にいてくれた人たち。
体が熱く、声とともに体の中のものが溢れ返る感覚。
「――――」
声のない、音のない、光の嵐が私を中心に巻き起こった。
なにもかもがゆっくりと動いて、走っても地面に足がつくのがとても遅くなっていく。
なんだろう、この感覚。
なんだろう? なにが起きているんだろう?
空が真っ青で、金色の煌めきが白い光に混ざって水の波紋のように急速に広がる。
「え……」
片足が地面についた瞬間蜂の群れは消えていた。
膝を立てたオラヴィさんとシニッカさんが綺麗さっっぱり消えてしまった大蜂のいた場所を見回す。
まだなにが起こっているのか、自分でもわからないのだけれど突然大蜂の群れが現れていた方から、黒い枝が生えてきた。
「ええ!?」
「影樹の枝!? こんなそばに――」
私の方に戻ってきたマーキア様が、私の手を掴む。
オラヴィさんとシニッカさんの方に近づこうとしていたのに、倒れ込んできた枝が分断してきた。
マーキア様と屋敷の方に向かうしかない、と思ったら、屋敷への道も影樹の枝が倒れ込んで道が塞がれてしまう。
「マ、マーキア様、影樹ってこんな、ひ、人を襲うようなことをするんですか……?」
「いやいやいやいや! 俺だって影樹を見るのも初めてで……っていうか、これマジでマズい、マズいって! リーディエ様、聖女なんでしょ、なんとかできない!?」
「そんなことを言われましても!」
マーキア様に縋りつかれる。
無理無理、私は確かに聖女らしいけれど、聖魔力の使い方はさっぱりわからない!
『聖女』
枝に囲まれる。
枝が『聖女』と声を発した……?
真っ黒な枝が葉を生やす。
声のようなものは何度も『聖女』と呟き、声の方を向くと人が二人、根本に見えた。
私の視線を追うと、ギョッと目を見開く。
「ロキア様! セエラ嬢!?」
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