32 / 45
影樹
しおりを挟む「シニッカさん、影樹ってこんなふうに王都のそばに生えるものなんですか?」
「ありえませんね。他国はともかくプロティファ王国には膨大な聖魔力をお持ちのソラウ様がおりますので」
「半年に一度結界祝石を浄化できるのなんてソラウ叔父様のおかげですよ。それにしても困ったぁ~! 王太子が実習中に女生徒と行方不明ってだけでも大変なのに、さらに影樹まで……!」
「ソラウ様がリーディエ様のためにお帰りを早めていなければ、どうなっていたか考えるのも恐ろしいですね。殿下にはしっかり反省いただくよう、マーキア様からしっかりご忠告申し上げてくださいませ」
にっこりと微笑むオラヴィさん。
わ、わあ、こんなに怖い笑顔のオラヴィさん初めて見た。
私が怯えていると、マーキア様も口元を引きつらせている。
王太子殿下を叱る役目なんて、嫌われそうで怖いですね。
「リーディエ様、後ろへ!」
「はえ!?」
そんな怖い微笑みを浮かべていたオラヴィさんが、私をシニッカさんの方に突き飛ばしてどこからともなく腕の長さくらいある剣を取り出した。
その剣で頭上を通り過ぎたなにかを切り裂く。
私にはなにが起きたのか、さっぱりわからなかった。
でも、地面に人の頭ほどある蜂が真っ二つになって転がったのを見て息を呑んだ。
「マーキア様、魔法を! 数が多い!」
「俺、土属性なんだよねぇ!?」
「シニッカ!」
「で、ではマーキア様はリーディエ様をお守りください!」
話が私を取り残して進んでいく。
辺りを見回すと、森の中から大きな蜂が群れを成してこちらに近づいてきた。
シニッカさんも魔法で杖を出し、前へと突き出す。
襲ってくる数体の大蜂は、オラヴィさんが倒していくけれど、倒しても倒しても無尽蔵に新たな大蜂が集まってくる。
そのことでようやく私も事態を飲み込んできた。
私今、魔物に襲われているんだ……!
この大きな蜂が魔物で、オラヴィさんが倒しているのが魔物。
虫の姿の魔物。これが、魔物……!
「兄さん!」
シニッカさんが叫ぶと、オラヴィさんが踵を返して戻ってくる。
それを追って集まる大蜂に、シニッカさんの火魔法が放たれた。
「ファイヤーウォール!」
巨大な炎の壁が集まってきた大蜂を、シニッカさんの火魔法が呑み込んで倒す。
火魔法が収まると、小さな魔石が地面に体調に落下していた。
それを拾う時間もなく、新たな群れが森から出てきてしまう。
「リーディエ様、マーキア様を連れて屋敷へお逃げください! 想定以上に魔物の誕生数が多く、早い!」
「そんな……! シニッカさんとオラヴィさんはどうするんですか!?」
「リーディエ様、俺たちが一緒にいる方が気を遣わせるから逃げよう!」
「~~~っ……わ、わかりました……!」
マーキア様に手を掴まれて、大蜂をオラヴィさんとシニッカさんに任せて走り出す。
あんな数の魔物に囲まれて、二人は大丈夫なんだろうか。
走りながら後ろを振り返ると、大蜂の進化型のような一回り以上大きな蜂の魔物が二人に近づいていくのが見えた。
針をお尻からオラヴィさんとシニッカさんへ連射して放ち、二人が地面に倒れ込むのを見てマーキア様の手を振り払ってしまう。
「リーディエ様!?」
マーキア様が私の名前を呼ぶ。
でも、マーキア様を振り返ることもできない。
近づいてくる大型大蜂。
魔物は資源。
でも、強い魔物に殺されてしまう人も多い。
大型は強いし、騎士団や魔法師団でも犠牲者が出るのだと――
「やめて!」
お尻の針を二人に向ける大型大蜂。
嫌だ、オラヴィさんとシニッカさんは私の味方。
いつもそばで、一緒にいてくれた人たち。
体が熱く、声とともに体の中のものが溢れ返る感覚。
「――――」
声のない、音のない、光の嵐が私を中心に巻き起こった。
なにもかもがゆっくりと動いて、走っても地面に足がつくのがとても遅くなっていく。
なんだろう、この感覚。
なんだろう? なにが起きているんだろう?
空が真っ青で、金色の煌めきが白い光に混ざって水の波紋のように急速に広がる。
「え……」
片足が地面についた瞬間蜂の群れは消えていた。
膝を立てたオラヴィさんとシニッカさんが綺麗さっっぱり消えてしまった大蜂のいた場所を見回す。
まだなにが起こっているのか、自分でもわからないのだけれど突然大蜂の群れが現れていた方から、黒い枝が生えてきた。
「ええ!?」
「影樹の枝!? こんなそばに――」
私の方に戻ってきたマーキア様が、私の手を掴む。
オラヴィさんとシニッカさんの方に近づこうとしていたのに、倒れ込んできた枝が分断してきた。
マーキア様と屋敷の方に向かうしかない、と思ったら、屋敷への道も影樹の枝が倒れ込んで道が塞がれてしまう。
「マ、マーキア様、影樹ってこんな、ひ、人を襲うようなことをするんですか……?」
「いやいやいやいや! 俺だって影樹を見るのも初めてで……っていうか、これマジでマズい、マズいって! リーディエ様、聖女なんでしょ、なんとかできない!?」
「そんなことを言われましても!」
マーキア様に縋りつかれる。
無理無理、私は確かに聖女らしいけれど、聖魔力の使い方はさっぱりわからない!
『聖女』
枝に囲まれる。
枝が『聖女』と声を発した……?
真っ黒な枝が葉を生やす。
声のようなものは何度も『聖女』と呟き、声の方を向くと人が二人、根本に見えた。
私の視線を追うと、ギョッと目を見開く。
「ロキア様! セエラ嬢!?」
2
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる