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私のこと
しおりを挟む――夜。
ソラウ様が軽装であくびをしながら食堂にやってきた。
夕飯を一緒に食べて、談話室で食後のティータイム。
ソラウ様の後ろにオラヴィさんが控え、私の後ろにシニッカさんが控える状況。
窓はカーテンをしっかり閉めて、壁の燭台の火が揺れる。
外、大雨になっている。
夏の前期から中期にかけて、丸一日大きな嵐がくるのだけれど、今夜はその嵐が王都を通過していくようだ。
雨音と雷、豪風の音が少しだけ、怖い。
でも――
「外、気になる?」
「あ、大丈夫です。ええと――では、あの……教えていただけますか? 私の……」
出自について。
正直、知りたくない気持ちもまだ半分。
けれど、ソラウ様が命懸けで探ってきたであろう真実を、私が受け取らないわけにはいかない。
ハルジェ伯爵家から出た直後にそんなことを言われたら、今よりもずっと混乱していたし公爵家のなすがまま、言われるままだったと思う。
なのに、旦那様は私をソラウ様に預けて私のできることを教えてくれたし、聖魔力の使い方を最低限、教えてくれた。
だからここで一度立ち止まり、自分が知らなかった自分のことを……本来なら知っているはずの“自分”をちゃんと知らなければいけないんだろう。
「うん――じゃあ、話すけどね」
「はい」
「父さんには聞いたらしいけれど、君は『聖女の里』の“聖女”だ。これは間違いない。父さんには聖痕があるし、今回の任務で俺も聖女の里に入って聖女たちに祝福と罰を与えられた」
そう言って、首元を緩めて肩と胸の間に紋章が薄く浮かんでいた。
それが聖痕、なの?
「この聖痕は聖女の里の聖女や、光の神の気配を感じ取ることができる。父に聞いていると思うけれど関連するものがうっすら光って見える。――で、見事に今、聖痕が君に反応しているわけ」
「……そ……う、なん、ですか……」
私は、じゃあ、間違いなく……聖女の里の、聖女。
でも私は、ハルジェ伯爵家の養女になっている。
聖女の里からハルジェ伯爵家に引き取られているのだし、お養父様に聖女の里の聖女様に頼まれた――?
腕を組んで「うーーーーん?」と悩む私。
それにソラウ様が少し呆れたように目を細める。
「ちなみに、聖女の里は処女受胎で女しか生まれない。君は母親しかいないし、その母親に話を聞くことができた」
「え……あ……わ、私の……?」
「そう。そしてその母親の話だと、彼女の赤ん坊は十八年前に攫われたそうだ。盗まれた、ともいうかな」
「え……!? 攫われ……!?」
「そう。君は誘拐された“聖女”。聖女たちは脈々と光の神の光の力を吸収して一族でため込んでいく。そして一番若い、一番光の力を溜め込んでいる聖女を外へと派遣するのだそうだよ。――つまり、君だね」
「っ……」
私は元々、今代派遣される予定の聖女として生まれたそうだ。
私の本当のお母様は、生後半年ほどの私がある朝突然ベビーベッドから消えていて、大騒ぎになったらしい。
しかも派遣予定の聖女は光の神の一番近くで育てられるらしく、生後半年の私がいたのは光の神の居住神殿。
光の神は聖女たちと共に私により強く、豊富な魔力を与えてくれる――はずだった。
とある若い聖女が、私と光の神の宝具をいくつか持って、里から飛び出したらしい。
その若い聖女は幼い頃にソラウ様のお父様――旦那様が外から現れたことで「里の外には男の人がいる」ことを知ったのだそう。
そして「自分が里の外で働きたい」と主張し続けていたそうな。
けれど、里長は彼女が外へ出るのを「時期ではない」と許さなかった。
不満が溜まり続けた聖女は、生まれたばかりの私を連れて、神の使徒である証として光の神の宝具を持って、里を出たというわけらしい。
里の外への憧れに突き動かされた、ということ……なんだろう。
その憧れは、私もわからないでもない。
ハルジェ伯爵家にいた頃は、屋敷から出ることを許されなかった。
街へ買い出しに行く使用人仲間に誘われても、お養父様は私が外へ出るのを絶対許さなかったから。
むしろそんなことを言えば、顔を叩かれる。
いつしか諦めてしまった外の世界。
私が今いる世界は、確かにとても刺激が多い。
「ええ、と……その、私を連れ出した聖女様は、今どちらに?」
「それはこれから調べるんだよ。聖痕もそのアバズレ聖女を探すためにもらってきたようなものだしね。里長の話だと光の神の許しもなく、外へ派遣される予定の赤児を連れて出て行った彼女には罰痕が与えられて聖魔力を使えなくされているという話だ。使えないだけで持ってはいるから、姿を見れば聖痕で聖女とわかるだろう。見つけたら里に連れてきてほしいと頼まれている」
「な、なんと……」
「で、君のことも一度連れて帰ってきてほしいと頼まれた。実母が無事を祈り続けているそうだよ。親に顔を見せてやった方がいいんじゃない? すぐにってわけにはいかないだろうけれど、泣いて頼まれちゃったから一応……」
と、言って唇を尖らせるソラウ様。
私の実母が……私に。
そう言われても、私はいまいち、まだ、実感というものがない。
「私のお母様は」
「うん?」
「私の身を案じていてくださったのですか?」
「そりゃあ、お腹を痛めて産んだ我が子を、一番世話が必要な乳児期に攫われたのだからこの十八年間生きた心地がした日など一日もなかったと言っていたよ」
そう言われて、母という存在をじんわりと感じ始めた。
生ぬるく、緩やかに。
けれど突然、濁流渦巻くように胸に押し寄せる熱。
気がつくと涙になって溢れ落ちていた。
「~~~~っ!」
「え!? ちょ、あ……、っ……。会いに行くのなら早い方がいいんじゃない? 里まではついて行ってあげるしー」
「……はい……はいっ……! 私……お母様に……会いたいです……!」
バツが悪そうに泣いてしまった私を見ていたソラウ様だけれど、少し考えたようにしてから立ち上がり、一人がけソファーに座る私の前に視線を合わせるように膝立ちになって座る。
そして、本当に優しく抱き締めてくれた。
びっくりして涙が引っ込むけれど、後頭部を「よしよし」なんて言って撫でられたら引っ込んだはずの涙が今度は決壊したみたいに流れ出す。
自分の涙腺が、その時壊れたのかと思うほど。
「ほんと……君って色々、しょうがない子だね」
聞いたこともないほどに優しい声。
疲れ果てるまで泣いてしまった。
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