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おかえりなさい
しおりを挟む旦那様のお屋敷から帰ってきて、二日。
朝食の時、オラヴィさんが「明日、ソラウ様がお帰りになるとのご連絡がきておりますよ」と手紙を手渡された。
そういえば最近異次元ポストを確認していなかったなぁ、と思いながら手紙を受け取る。
食べたものを片づけられたあと、ペーパーナイフで封を切って手紙を開く。
『父に出自の件を聞いたとのこと、確かに聖女の里に行って確認をしてきた。
その件で君に話したいことはできたけれど、大事な話だから直接話すよ。
もう王都に入っているし、城の面倒ごとを片づけたら数日中に帰るから待ってて』
とのこと。
旦那様に話されたことをソラウ様に相談した手紙を受け取って、返事をくれたんだ。
そして、ソラウ様は本当に『聖女の里』に赴いたと書いてある。
聖女の里に行った上で、私への”大事な話”だなんて……。
「リーディエ様、本日はどうされますか?」
「え、ええと……なにも考えたくないので……どうしたらいいでしょうか」
声をかけてくれたオラヴィさんにそんな返事をしてしまい、俯いてもじもじしてしまう。
するとシニッカさんが「作業に没頭したらどうですか? 工房で祝石の装飾品作りをしてみましょう」と笑顔で提案してくれた。
それも、そうかも?
こんな気持ちでは淑女教育を受けても頭に入らないだろうし、身につかないだろう。
お礼を言って、作業用の服に着替えてエプロンをつけ、ソラウ様が「ここのあたりのは好きに使って好きなものを作りまくれ」と許可をもらって色々な宝石の祝石で指輪とイヤリングとネックレスを作った。
不思議なんだけれど、同じ種類の祝石で同じ指輪を作ってもデザインが異なる。
まるで祝石と台座と金具が手を取り合うと、聖魔力で調和して一つになる――という感じがするんだよね。
魔石の祝石も、またいつか細工できたらいいな。
カフスボタンの中に家紋を刻むやり方も、ソラウ様が帰ってきたら教えてもらいたい。
「ソラウ様……」
早く帰ってこないかな。
シニッカさんと旦那様が言う通り、私は公爵家に来てからずっとソラウ様やティフォリオ公爵家の方々に守られてきた。
だって、ハルジェ伯爵家にいた頃は日の当たるところにいられなかった。
毎日無視されて、罵られて、理不尽に暴力を振るわれて、私は、今思えば随分すり減っていたのだな、とわかる。
そんな私を支えて、手に職を与えてくれて、守ってくれていた。
工房の大きな窓から外を見上げる。
夏の真っ青な空と、大きな雲。
ハルジェ伯爵家の窓よりも大きい。
床で雑巾を絞りながら見上げてみた空よりも眩しく見えるのは、きっと私の心が変わったからだと思う。
「なに?」
「へ!?」
「ただいまー。今帰ったけど、なに? なに作ってたの? 指輪? へー、悪くないじゃん。結構数も作れるようになったんだね。そろそろ魔石の祝石の細工も任せていいかも」
「……ソラウ様……?」
「そうだけど?」
見ればわかるでしょ、と唇を尖らせてジトっと見下ろされた。
私が驚いているのが、面白くないみたいだ。
慌てて立ち上がる。
「お帰りなさいませ! え!? お帰りは明日なのでは……」
「あー、遅くなれば? でも、俺は優秀なんだから城の面倒ごとなんてすぐ片づけられるに決まっているでしょ」
と、今度はぷくぅ、と頬を膨らませる。
可愛い。
その子どもじみた仕草に、ふっ、と噴き出して笑ってしまった。
この人の子どもっぽいところが可愛い。
こんなに子どもっぽいのに、私をずっと守ってくださって、気を使ってくれていたのも――
「あ、ソラウ様、目許にクマができていますよ。ちゃんと眠れていますか?」
「う、うるさいなぁ……忙しかったし、討伐任務は気も張っているからしょーがないじゃーん」
「お食事は? ちゃんと食べれていますか? ……もしかして、まだお着替えもされていないんですか?」
「むう……」
よく見ると、服も少し砂埃がついている。
浮かんだとある考えは、私の自惚れだろうか?
「とっても急いで帰って来てくださったんですね……?」
そう聞いたら、少しだけ目を見開いて驚いたようだ。
ああ、やっぱり。
じんわりと胸に広がる――愛おしい気持ち。
これが母性のような意味のものなのか、彼を弟のように想う気持ちなのか、よくわからないけれど……なんだか抱き締めたいような衝動。
もちろん我慢したけれど。
とうのソラウ様はほんのり目許を紅潮させてプイっと顔を背ける。
もう、本当になんて可愛い人なのだろう。
「先にお風呂に入って、お食事して仮眠を取ってからお話を聞かせてくださいませ。私、それまで待っていられますよ。大丈夫です」
「え? う……そ、そう? だって君の出自に関わるよ? 本当にあとでいいの? 気になるんじゃないの?」
「はい。ソラウ様にまずはゆっくり休んでです」
「でも父さんに――聖女だって聞いたんでしょ? 急にそう言われて、びっくりしたんじゃないの?」
そう心配そうに聞かれて、心から愛おしいと思う。
優しくて、純粋な人だな。
「びっくりしましたし、困ってはいますけれど……今すぐもっと困ることがあるわけではないですし、ソラウ様がゆっくり休んでお元気になったあとでも大丈夫ですから」
「――そう。まあ、じゃあ、そういうことなら……」
「私がなにかお食事を作りますか?」
「オムライス!」
「わかりました」
入口から窺っていたオラヴィさんにソラウ様をお風呂に連れて行ってもらい、シニッカさんにソラウ様のベッドを整えてもらってお着替えを運んでもらい、私は厨房を借りてオムライスを作る。
ご飯を食べさせて、ベッドに押し込んでからオラヴィさんとシニッカさんと笑い合った。
なんだか、やっと日常が帰ってきた気がする。
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