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転機(2)

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 俯く。
 確かに聖女として祭り上げられるなんて、私には無理だ。
 考えただけで体がガタガタ震え始める。
 そんな、目立つこと……無理!
 
「それに、もしそんな話が出れば、リーディエ様のご実家――ハルジェ伯爵家はリーディエ様を利用するために連れ戻そうとする。たとえばリーディエ様のお姉様の婚約を盾にされたら、いかがですか?」
「お、お姉様の婚約は!」
「ですよね? ですから、目立つことはお断りをした方がよろしいと思います。旦那様にはリーディエ様が気軽にできる、小さなお願いをされると思います。が! どんなに些細なことで、リーディエ様も『そのくらいなら』と思うようなことでも、ソラウ様に相談します、と言うようにしてください。ソラウ様が必ず盾になってくださいますから!」
「ソラウ様が……」
 
 ソラウ様の名前を呟くと、シニッカさんが「私にリーディエ様の味方になって、と言ってくださったのもソラウ様ですしね」と微笑む。
 ああ、そうでしたよね。
 ソラウ様が最初にシニッカさんにそう言ってくれたんですよね。
 他にも、ハンナ奥様の時も対応してくれたし……。
 
「旦那様になにか頼まれても、ソラウ様に相談するって言えばいいんですよね……?」
「はい。そうしてください」
「なんだか――それって……私……」
「はい? どうしました?」
 
 思い出すのは唇を尖らせ、腕を組んでプイとそっぽを向く姿や好奇心でキラキラ目を輝かせる姿。
 あんなに可愛いのに、私は、ソラウ様にずっと守られてきた?
 
「私って、ソラウ様に守ってもらってきたんです、ね?」
「え? そうですね。でも、リーディエ様を守るようにおっしゃったのは旦那様です。ソラウ様が反対されるようなことを言い出す旦那様が悪いのです」
「ええ……?」
 
 ふふ、と笑ってシニッカさんが微笑んでもう一度額を押しつける。
 私の味方。
 レーチェお姉様でもこんなに距離は近くなかった。
 使用人仲間はみんな私より年上で、みんな私の境遇を憐れんでいたから私を見る眼差しは同情が滲んでいたけれど――シニッカさんの距離も眼差しもそれとはまったく違う。
 まるで、友人のような――
 
「私もリーディエ様をお守りしたいですし。ですから、なんでも相談してくださいね」
「ッ……はい……! 嬉しいです。頑張ります」
「それじゃあ! 旦那様との食事会のために準備いたしましょう! お風呂に入って、ドレスを選びましょうね」
「は、はい!」
 
 
 
 
 
 昼食は天気がいいので庭で食べようと、旦那様が提案されたので、白と淡いオレンジの膝丈カジュアルドレス。
 それを見て「新しドレスかな?」と微笑んで聞かれたので「はい。初めてのお給料で買いました」と答えると「既製品かな?」と続けて聞かれて首を傾げつつ「はい」と答えると謎の沈黙が流れる。
 気を取り直した旦那様が庭のガーデンテーブルに促され、席につくとすぐにアスコさんと数人のメイドが飲み物と食事を運んできた。
 いまいち自分が奉仕される側なのに、慣れないなぁ!
 緊張しながら昼食会が開始した。
 
「午後はドレスを仕立てに行こうか? それとも、もう仕立てには行ったのか?」
「え、えっと、先日ジェリー奥様とハンナ奥様のお茶会に行った日の帰りに仕立て屋さんに寄ってきました」
 
 そしてその時にこの既製品のカジュアルドレスを買いました。
 仕立ては……私の腰が引けてしまって無理でした。
 シニッカさんに「無理無理無理無理無理ですぅぅううう!」と逃げました。
 だって値段が! 怖すぎたんですよ!
 夜会用のドレスはいつか必要になるとは言われましたけれど、あんなに豪華なドレスを一から仕立てるなんて分不相応すぎる!
 私の俯く姿にその時のことを思い出したシニッカさんが困ったように「リーディエ様はまだ貴族がドレスを仕立てることを、いけないことのように思っているのです」と旦那様に説明する。
 
「では、食後ゆっくりしてから出かけようか。実は秋の前期に王妃殿下の誕生日パーティーがある。王妃殿下がぜひ祝石ルーナの装飾品をほしいとおっしゃっておられたんだ。君に依頼をしたいので、その宝石も今日、選んできたいのだよ」
「あ、えーと……お、お仕事でしたら依頼書を書いてくだされば……」
「ふふふ、そうだね。それじゃあ君のドレスと宝石を見に行こうか。宝石を選んで依頼書を書いておこう。秋の前期なので、特急料金も含めておこうね」
「え、え……!?」
 
 ハンナ奥様とのやり取りの時に教わった返しを行ったら、旦那様にはニコニコ返されてしまった。
 シニッカさんを振り返ると、なんとも言えない笑顔。
 一応及第点、なのかな?
 でも、昼食後は一度部屋に戻りお化粧のし直し。
 お出かけの準備として縁の広い白い帽子を被り、カーディガンを着せられた。
 夏の日差しが強いので、直接浴びないように肌を隠すようにしろとのこと。

「今は多少肌が焼けている健康的な女性が好まれているようでしたが、リーディエ様はまだお顔を広く見えないした方がよろしいでしょうから帽子は店内に入っても取らないようになさってくださいませね」
「わ、わかりました」
 
 昼食前の話を思い出す。
 できるだけ目立たず、ソラウ様が帰るまでは慎ましくしなければいけないでしょう。

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