24 / 45
転機(1)
しおりを挟む夏の前期も終わりに差しかかった週末。
本日は旦那様のお屋敷にお泊りに来ました。
ソラウ様に一応相談したんだけど、お手紙には「はあ? 勝手にすればぁ?」とのこと。
手紙の文面からも拗ねてるなぁ……と伝わってくるのが……可愛い。
唇を尖らせてそんなふうに言っているソラウ様の姿が容易く想像できて、その上そんなふうに思うなんてなんというか、私もなかなかに重症、なのかもしれない。
早く帰ってこないかなぁ、なんて――やっぱり重症だよね。
「いらっしゃいませ、リーディエ様。旦那様がお待ちです」
「あ、えっと、は、はい。お邪魔いたします」
アスコさんに出迎えられて、旦那様のお屋敷に招き入れられる。
先に「リーディエ様のお部屋にご案内しますね」と三階の一室に案内された。
例の、あの二部屋の繋がった、クローゼットがお部屋のあの部屋。
「こ、ここを? あの、私の……?」
「はい。旦那様がそのままリーディエ様にお使いいただくように、と。どうぞお気になさらずお使いください」
「で、でも、あの、ちょっと広すぎて……」
「このようなお部屋の過ごし方も教養と思いください。聖魔力を持つ者はそれなりの待遇を受けることが多いのです。今はソラウ様を派遣してほしい、という依頼ばかりですが、聖魔力と膨大な魔力量を誇るリーディエ様にもいずれそのようなお声がかかることもあるでしょう。そうなれば他国に国賓としてここよりも豪華なお部屋に宿泊することもあるでしょう」
「は、は!?」
最初は「アスコさんってばなにを大げさな……」と思っていたけれど、最後に『他国の国賓』と言われて色々と吹き飛んだ。
なんで私が、と口をパクパクさせるとにっこり微笑んだアスコさんが「聖魔力を持つ方は数少なく、魔力量が多い方は王都以外の主要都市の結界祝石の浄化や祝石の[祝福]ができる方は現代であればソラウ様しかおりません」と言い放つ。
そのソラウ様の弟子で、聖魔力も魔力量もあるからいつかは――という想定をしているのだそう。
「そ、そんな、私は祝石細工師としてやっていくつもりですし……」
「ええ、もちろん本職は祝石細工師でいいのではないでしょうか? しかし、リーディエ様の魔力量は国で重宝されるレベルなのです。本日旦那様にそれとなくそのような提案をなされるのではないでしょうか」
「え、ええ……!?」
「それでは、私は昼食の準備をしてまいります。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
「あ……は、はい……」
アスコさんがダイニングを出て行く。
入口にいたシニッカさんが実父であるアスコさんが出ていくと、私の座っていたソファーに歩み寄ってくる。
「ソラウ様の留守を狙われましたね」
「え?」
「旦那様はソラウ様を溺愛しておりますが、今回はリーディエ様です。ソラウ様がリーディエ様から離れている隙に、リーディエ様の能力を利用しようとされるのでしょう。なにを言われても、ソラウ様に相談してみる、と挟んでやり過ごした方がよいのではないでしょうか?」
「……え、え?」
なんで? どうして?
困惑が隠せない私に、シニッカさんがハッとした表情になる。
そして私の隣に来てから、床に膝をついた。
「実は、リーディエ様の魔力量を図ってからソラウ様に『公爵家ではなくリーディエ様の意思を最優先にできるように』と命を受けておりますの。私の立場では雇い主の公爵家を最優先にするべきなのですが、ソラウ様がおっしゃっていることもよくわかります。なにより、私は祝石細工師としても日々努力していらっしゃるのに厳しい淑女教育にも愚痴の一つも零されないリーディエ様が、健やかで心穏やかに過ごしてほしいと思います。だからソラウ様の命令関係なく、私は公爵家の使用人ですが――なによりもリーディエ様の芋方でいると決めたのです」
「シ、シニッカさん……」
手を握られて、見上げてくるシニッカさんに告げられた言葉が胸を満たしていく。
胸の熱がそのまま喉、顔、目にせり上がってきて、そのまま涙という形で流れ落ちる。
そんな私に、シニッカさんが優しく、しかし少しだけ仕方なさそうに微笑む。
ソファーの隣に座り、額を寄せる。
「リーディエ様はまだよくわかっておられないようですが、聖魔力自体持っている人が珍しいんですよ。大きな町に一人か二人。王宮魔法師にも二人しかおりませんし、王宮治癒魔法師は二十人しかいないんです」
「え!? そ、そんなに少ないんですか!?」
「そうですよ。他にも宝石を祝石にする人は『宝石祝福師』と呼ばれていますが、国に三人しかおりません。ソラウ様がおかしいのです」
「…………」
シニッカさんの諦めたような目で涙が引っ込んだ。
あんなに在庫処理に困るほどポンポン宝石や魔石を祝石にする人がおかしいということ。
ああ、ううん……やっぱりそうですよねぇ?
宝石自体、高級品ですものね?
「さらにそれそ細工する祝石細工師は国に一人いるかいないか。プロティファ王国には今、リーディエ様だけです」
「そ、そうなんですか。そんなに……少ないんですね……」
「ですから、リーディエ様が思っている以上に祝石の装飾品は希少価値が高いのです。我が国には破格の聖魔力量を誇るソラウ様がおりました。ソラウ様により王都や主要都市の結界祝石は浄化され、増え続ける影樹も伐採されて強力な魔物は減りつつあると言われています。ですが、聖女様が派遣される時期が近いため国外の王都や主要都市の結界祝石の浄化に派遣要請が多く来ております。それこそソラウ様だけでは過労死してしまうレベルで」
「では、もしかして……」
「はい。国としては聖女様が現れる前にソラウ様にもっと国外に行ってもらって、他国に恩を売りたいのだと思います。この国の民であり、聖女様と同等の魔力量のあるリーディエ様を、この国に現れた聖女様と言い張ってこの国の聖女として祭り上げるようとするでしょう。そうなれば祝石細工師としてはやっていけません。ソラウ様はきっと、ご自分の経験やリーディエ様の性格も含めてそれを是としておられない」
4
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる