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直接対決(1)
しおりを挟む「よし、こんなものかな」
結界霊符を、玄関扉を包むように貼りつけて、五十枚の霊符を一気に繋げて弱小霊符を縦列接続して相乗効果で強く強くなるように霊符を書き換える。
これはさっき美澄様がやっていたことを、少し参考にして真似した。
「おい」
「お?」
低音で呼ばれて、振り返る。
その場にいたのは白窪結菜。
ああ、来ると思ってたよ。
見たこともないほど醜い顔をした女。
さっき「お金を払わなきゃいけなくなる」とか言っていたから、複数の家が合同で賠償金の訴えを起こしたんだろう。
ついに爆薬に引火した。
しかし、頭がお花畑のこの女にとっては寝耳に水だったんだろう。
そんなお前に「おい」呼ばわりされる謂れはない。
「余計なことするな。どけ」
「まさか出ていくつもり? 外には食猿がいるのですよ」
「ウルセェな! だから余計に出ていくのよ! こんな屋敷さっさとその禍妖に食い荒らされればいいの! 結菜にお金を払えなんて言うやつら、みんな死ねばいいのよ!」
「はあ……」
前世で読んだ頭お花畑の女の最後一歩手前、逆ギレの姿じゃん。
どうしよ? ここはいっちょお淑やかなヒロインっぽく対応する?
いや、する必要ねぇよな?
だって俺は、前世男。
慈悲深く、芯の強い、容姿も性格もいい前世の漫画のヒロインとは違う。
「玄関の結界霊符を破り捨てたのお前?」
「あ? そうだけど? 出て行こうとしたら邪魔するんだもん」
「破ったあとどうして屋敷の中に戻ってたわけ?」
「町に戻る馬車の用意が整うまで、お花を摘みに行ってたのよ! すぐに出せって言ったのに、御者のやつなんて言ったと思う!? 結菜一人を乗せるのは非効率って言ったのよ!?」
それはそう。
俺たちが乗ってきたのは十人乗りの相乗り馬車。
お前一人乗せて往復するとかお馬さんたちが可哀想だろうが。
なるほどね、それで一度逆ギレしてトイレでクールダウンして、その間に三級量の人たちがギブアップしたから、帰りの馬車の準備をさせようとした使用人が玄関の結界霊符が破られているのに気がついたってこと。
『ホォーーー……』
「っ!」
梟のような鳴き声が外から聞こえてくる。
マジで近くにいるのか。
「どいてよ! 帰るんだから!」
「おい、今の鳴き声聞こえなかったのか、よ――」
それでも外へ出ようとする白窪。
おい、ふざけんな。
外にいるのは“知性のある”禍妖だぞ!?
さっきとは違って弱い力の霊符が五十枚重なることで相乗効果で、『対禍妖』に対して強力な結界になるように仕掛けを施しただけ。
人間にはほぼなんの効果もない結界だから、通ろうと思えば白窪でも通れるが――。
外から聞こえた例の鳴き声。
今開けさせたら入ってくるかもしれない!
と、白窪の肩を押し返そうとした時だ、扉にものすごい悪意の塊が叩きつけられた。
『ボオオオオオオオオオオ……ボオオオオオオオオオオオオォォォォ!』
「ひっ……!? な、なに!? なんの声!?」
「だから、外には食猿がいるんだよ……! お前マジで話聞いてなかったのか!?」
「知らないわよ! それなら滉雅様が外にいるんでしょ? どうせなら守ってもらお! どけよ、醜女!」
「こ、このクソ女……!」
マジで叩き出してやろうか!
でも、うっかり扉を開けたら俺まで巻き添え食いそうだし、真後ろの玄関扉からものすごい悪意の塊の気配を感じる。
つまり……いる! 外に! 真後ろに!
「どけって言ってんだろ!」
「舞! 玄関近くにいるのか!?」
「……!? 滉雅様……!」
玄関扉の外から聞こえてきた滉雅さんの声!
来てくれたのか!
……ヤバい、安心感で、腰が抜けそう。
あの人の声が聞こえただけで、全身から力が抜けそうになるなんて。
「絶対に開けるな! 玄関扉に食猿が張りついている!」
「わ、わかりました!」
扉越しに聞こえる滉雅さんの声に叫び返す。
とにかく、この馬鹿女を大広間に連れていく。
玄関扉前は危なすぎる!
「白窪、オラ! 大広間に逃げるぞ!」
「はあ!? 玄関の外に滉雅様がいるんでしょ!? 結菜を助けてもらわなきゃいけないんだから、どけよ!」
「正気じゃねぇなテメェ!」
頭お花畑にも程があんだろ!
マジで狂ってんじゃねぇの!?
『ホォー、ホォー! ポォー、ボオオオォー!』
「っ……う……なん、だ、これ……」
「う、うう……なんか、意識が……っ」
玄関扉の近くのせいか、食猿の声がどんどん近く……耳の奥に響くように聞こえ始めた。
まっっっっ……ずい……、美澄様が、食猿の声には精神に干渉するって言ってた……!
“これ”がそうなのか!
俺だけでなく、白窪もゆっくりしゃがみ込む。
俺よりも霊力のない白窪の方がモロに精神干渉を食らってんじゃん。
体が痙攣し始め、先ほどの不細工な顔が白目を剥き、口からは泡を吐き始める、別種の不細工になった。
「ゔー、ゔー、ゔー……ゔーーー」
「し、白窪、しっかりしろ……! おい!」
わかっていたけど霊力だけでなく意志が弱いから、あっという間に精神干渉で食猿に操られ始めた。
先程とは桁外れの怪力で俺を突き飛ばし、玄関のノブに手をかけやがる!
「やめろ! 白窪!」
俺も精神干渉されて、体がうまく動かない。
無慈悲にも、白窪がドアを開く。
そのせいで、はっきりと見てしまった。
赤い毛並みの、腹に大きな口を開いた猿面のなにか。
俺が仕掛けた五十枚の結界霊符が蜘蛛の巣のように食猿の体を覆い、自由を奪っている。
だが、手足のか細い結界の拘束など下っ腹の口にはほとんどかかっていない。
大口を開ける食猿の口が、白窪を呑み込もうと降りてくる。
ああ、ホンット頭お花畑のクソ女がよおおぉ!
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