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四季結界補修の日(3)
しおりを挟む「なにが汚いの」
こういうのは無視するのがセオリーなんだろうけれど、急に汚い女呼ばわりされて俺は黙っていられなかった。
テメェの所業を聞いたら百人中百人がテメェの方を汚ねぇと言うだろうさ。
なにを以て俺を汚いと罵りやがる?
この股ゆる女!
「結菜より醜女のくせに、料理を差し入れして滉雅様の気を引こうなんて性格まで醜女ね」
「なんでも人のせいにする白窪様の性格お話ですか?」
「結菜より醜女が目立つな。滉雅様だって結菜の方がいいって言うに決まっているでしょ」
「その自信どこから来るの? そこまで言うのなら、どっちが滉雅様に相応しいか勝負する?」
ふふん、とわざと煽ってやる。
小百合さんから「結城坂様?」と声をかけられるが、学校では令嬢然とした皮被ってるからびっくりされるのは仕方ない。
でも俺、こういう女相手にまで礼を尽くすつもりはないぜ。
晃牙さんは――あの人は、俺が“結城坂舞”として産まれて生きてきたこの人生で、今まで出会った人間の中で、前世の俺ごと“結城坂舞”を受け入れてくれた唯一の人なのだから。
こんな女に、会わせるのも不愉快。
「上等よ! 結菜の方が絶対滉雅様にお似合いなんだから。さっさと滉雅様に会わせて! 選んでもらいましょう!」
「会わせるなんて言ってませんわよ。滉雅様に相応しい女性……あの方を支えていけるかどうか、の勝負です。つまり……」
「霊力量の多さやね。あの子――滉雅はこの国一番の霊力量言うても過言ではない一級量の上。一等級の量や」
「っ……!?」
美澄様が口を挟む。
その唇は愉しげに弧を描いており、それを隠すように袖で口許を覆う。
しかし、細められた眼許がまったく愉しさを隠しきれていない。
ここまで言えばこの場の人間たち全員が顔を見合わせて勝負内容を察してくれる。
頭お花畑の股ゆる女も。
「普通の三級量、四級量じゃまったく足りへん。同じ一等級量の霊力の持ち主でなければ釣り合わん。滉雅の婚約者がまるで決まらんかったん、一番の理由はそれや。うちのお母は滉雅に釣り合う霊力量の娘やないと、認めへん言うて釣書を突っ返しまくっとったからなぁ。お嬢はん、そないに滉雅と会いたいんやったら当然、今から行われる補修の霊力を最後まで送り続けてくれはるんやろうな?」
「そ……それは……っ」
この股ゆる女にそれは無理だろう。
白窪自身もそれをわかってて苦虫を噛み潰したような顔をする。
はははははー! ざっまーーー! ひゅー! 気っ持ちいいー!
「じゃあ、この地味女にはそれができるって言うんですか!? 納得いきません!」
「それは今から勝負してみぃひんとわからんね。で、どないしはる? やるん? やらへんの? どっち? ええよ、うちは別に。勝った方を正式な婚約者として一条ノ護家に迎え入れるわ」
「え! 本当ですかぁ!?」
美澄様、わかってて煽っているな。
でも股ゆる女は頭もゆるゆるなのでそれにまったく気づかない。
周りにいるご婦人や令嬢の表情から、空気を読むとかできりゃあなにかが違っていたのかもしれないけどな。
そんなの全部「可愛いあたしに嫉妬してるー」とか言うお前には、一生気づかないんだろう。
「やるん?」
「はい! やります!」
「ほな決まりやね。他の皆はんは無理せんといて。自分の霊力が尽きたら、すぐ談話室に行って大丈夫よ。さあ、始めるで!」
美澄様が改めて、水晶の霊符を霊術で起動させる。
淡い紫の光を纏う水晶は、霊力を吸引していく。
おっしゃ、やってみっか!
俺自身も、自分の霊力の限界を感じたことがないのだ。
結界の補修が終わったら水晶の霊符も見せてもらいたいし、やるぜ!
――という感じで三十分後。
「は、はあ……はあ……はあ……ううう……」
股ゆる女、こと白窪が息切れをし始めた。
おい、嘘だろ?
三十人くらい集められている大広間の誰もまだ根を上げてないぞ?
なんならお前が最初の一人目だぞ?
俺自身霊力切れの人の姿を初めて見たので「こんな感じなんだぁ」という感想。
「霊力が切れると精神的につらくなるさかい、無理したらあかんよ。霊力が切れると心身ともに疲れるさかいな」
美澄様が霊術で地図を宙に浮かべながら、結界の補修ヶ所――印のある場所に指を置いて補修が順調に進んでいるのかを見ている。
見ながらこっちの方まで気遣ってくれるなんて優しいなぁ。
それにしても、三十人の霊力をゆっくりじっくりと結界に染み込ませるようにして補修していくのか。
こちらがおとなしく用意された椅子に座っているだけで、勝手に霊力が吸われていくって楽~。
こんなに楽なのに、すでに息切れして俯いている白窪ザマァすぎる。
「あの子、この程度で根を上げる程度の霊力しかないのに一条ノ護家に嫁入りを申し出たの?」
「守護十戒のお家の中の、内地の娘さんなのでは?」
「守護十戒の内地のお家の娘さんがこの程度で霊力切れになる?」
「それもそうよね。じゃあまさかどこかの分家の娘さん? それでも霊力量少なすぎない?」
「くすくす……嘘でしょう? この程度で霊力切れ? それでよく一条ノ護家の滉雅様にお会いしたいなんて言ったわね……」
ほーら、えげつない女の世界のヒソヒソ話が始まった。
これは俺のせいではないので、自分でなんとかしてね。
いよいよがっくり項垂れた白窪が、美澄様の合図で近づいてきた使用人二人に両脇を抱えられて椅子から立ち上がらせられ、強制的に部屋から連れ出される。
「い、いや! 負けたくない! あんな地味女にぃ! 結菜は滉雅様のお嫁さんにならなきゃいけないの! でないと、お金払わなきゃいけないんだからぁ!」
涙ながらに叫ぶ白窪の言葉に、婚約破棄をされた令嬢たちの表情と目が絶対零度になって背筋がゾワっとしてしまった。
前世で読んだどんなホラー漫画や動画よりも、彼女らの表情と視線が怖い。
要するに白窪はついに複数の家が合同で出した損害賠償請求で、お金が必要だった。
だからその金額を払えるであろう一条ノ護家の滉雅様に目をつけたわけか。
ば、ばーか……。
そんなことを、請求主である家の令嬢たちの前で言ったら睨まれるに決まってるじゃん。
どんだけ他人の金当てにしてんの、あの女。
「馬鹿な女ですわね。不良債権を娶るような大名家などあるわけがないでしょう」
小百合さんの呟き。
これに尽きるんだよなぁ。
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