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白窪家の事情
しおりを挟む――時は少し遡り、白窪家。
「あり得ない! なんでただ遊んでるだけでそんな額請求されなきゃいけないの!? おかしいよ!」
顔面蒼白の両親が頭を抱えたまま届いた書状を前に無言になる。
書状には複数の名家が婚約破棄の損害賠償を、白窪家に請求する――という旨が書かれていた。
結菜は書状に書かれた金額に怒り狂う。
大名家の後ろ盾もない、家格の低い白窪家には到底支払えない金額だ。
両親は数週間前、仕事を突如クビになった。
収入がなくなっては困る、と両親は今までの伝手を辿って再就職を目指していたが、なぜか周囲は冷たく、突き放される。
そんな中でのこの損害賠償請求の書状。
「ゆ、結菜、お前……遊んでいるって……ただ同級生と仲良くして学校ではなにも問題なく過ごしていると言っていたじゃないか……! こんなにたくさんの家のご子息ご息女の婚約を破棄に追い込んでいたのか……? 婚約は家と家との繋がりなんだぞ。お前が原因だなんて……!」
「なによ! 男子生徒と仲良くしていただけよ! 結菜、なにも悪くない! 婚約破棄してほしいなんて結菜、一言も言ってないもん!」
「学校の先生とも関係を持ったの……!? 離縁した原因、その責任を取るように共書いてあるのよ!?」
「だから結菜はみんなと仲良くお話ししてただけよ! 婚約破棄したり離縁したりはその人たちの問題で結菜のせいにするのがおかしいの! 婚約破棄してください~とか、離縁してください~なんて! 結菜一言も頼んでないもん! 結菜のせいにする方がおかしい!」
両親の絶望に染まった表情。
真っ青なまま結菜を責める両親に、結菜は歯軋りしそうな勢いで否定する。
実際、結菜は婚約破棄を勧めたことは一度もない。
自分と男子生徒や教師が遊んでいる間、彼らが婚約者や妻を蔑ろにしていたのは物理的に仕方なのないこと。
むしろ、結菜を優先させたのは、彼らの判断。
彼らを繋ぎ止めておけなかった、彼らの婚約者や妻の責任だと思っている。
ちょっかいなんてかけた覚えはない。
だいたい向こうから話しかけてくるのだ。
彼らから話を聞いてあげて、優しく接してあげればチヤホヤしてくれる。
チヤホヤして、結菜がほしいもの、食べたいものにお金を出してくれた。
全部全部、彼らが彼らの意思でやってくれたことだ。
「そうだ……お金はみんなに払って貰えばいいのよ。結菜んちが全部払うなんて無理だし」
「なにを言っている……? みんな……に、払って、もらう?」
「そうよ。だって結菜関係ないもん。それなのに結菜の家が払うなんておかしい。大丈夫よ、お父さん、お母さん、みんなに相談するから。みんな結菜のお願いならなんでも聞いてくれるから、みんなで出し合ってもらえればなんとかなる。っていうか……そもそも払う必要もないの!」
あはは、と笑う結菜は早速買ってもらった着物を持ち出してくる。
派手な赤い牡丹の柄の着物。
お化粧もしっかりして、紅も唇に差す。
「ちょっとお出かけしてくる。お金持っている人に相談してくるから、お父さんとお母さんは仕事探してきなよ」
「ま、待ちなさい! 結菜! わかっているのか!? 払えなければ裁判になるんだぞ! いや、十中八九裁判になる! そうなれば、我々は家も家具もなにもかも差し押さえされて、お前も母さんも遊郭に売られる!」
「だからぁ、そんなことにはならないからぁ!」
遊郭に――売られる。
そんなことを言われれば、さすがの結菜も体が震えてしまう。
冗談じゃない。
「ほんっとうるっさいなぁ。自分に魅力がないことを結菜のせいにして、バッカみたい。女の嫉妬ってほんっと醜い……」
どちらにしても、今日は商店街で数人の男子とデェトの予定だった。
どの男子も名家のお金持ちのお坊ちゃんたち。
彼らに相談すれば、いい弁護士も賠償金もきっとすぐに揃えてくれるだろう。
なにも問題ない。
(でも、さすがに卒業まで半年だし、そろそろいい家のご子息と婚約話を進めるべきね。今のところ一緒に遊んでいて、婚約を申し込んでくれた中で一番いい家の男子は……)
頭の中で計算する。
理想は四条ノ護大樹だが、彼は「家格が釣り合わないから話しかけるな」と一蹴してきた。
あれはダメだ。
家の奴隷。
婚約者にも興味はなく、結婚する相手は家の後継を産む道具としか思っていない。
そんなふうに思われるぐらいなら、八条ノ護家の分家にあたる夜部の坊ちゃんに――と思いながら商店街の入り口に到着した時だ。
「ごるぅあああ! 卑怯な真似してんじゃねぇ!」
とんでもない声とバタバタという騒ぎの音に顔を上げる。
普段制服姿の地味な女、という印象しかない結城坂舞が、綺麗で見るからに高い糸で施された刺繍の着物を纏い、男に巾着袋を投げつけていた。
しかも、尻餅をついた男に対し、結城坂の隣にいた背の高い軍人が刀を抜いて切先を突きつける。
軍人は下級であっても高給取り。
しかも、結城坂舞の隣にいる男の肩にある肩章にある星の数は三つ。
星の色は赤で、それが両肩に見えたということは――禍妖討伐部隊。
星の数が左右に三つずつは上級軍人の証だ!
(はあ!? なんであの地味女が上級軍人と一緒にいるのよ!?)
あの女が誰の婚約者だったのかも覚えていないが、成績だけはよかったから顔と名前はかろうじて覚えている。
ぎり、と唇を噛む。
なんであんな地味な女が、長身で顔も端正な軍人と。
「ねえ、あの方……一条ノ護家の晃牙様じゃない」
「本当……! 社交界も終わったばかりなのにお目にかかれるなんて幸運だわ。隣のご令嬢はどなたかしら? 見たことがないわ」
「妹さんじゃない? 可愛らしいわね」
ぎょろり、と結菜は軍人の方を見てキャッキャと笑い合う婦人たちを見る。
今なんと言った?
(一条ノ護家!? 内地筆頭の大大名家じゃない!? なんでよ!? なんでよ!?)
すぐに二人は馬車乗り場の方へ人混みに消えていく。
が、背の高い一条ノ護家の軍人は頭一つ飛び出ていてずっと目立つ。
一条ノ護家。
(なんでよ……!? なんでよ!? まさか……霊力が多いって話は聞いていたけれど……まさか!結菜を差し置いて?そんなバカなことあるわけない!そんなの絶対許せない……!)
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