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デェト(1)

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「乗っていいんですか!?」
「乗らなければ大通りに行けない」
「そ、そうですけど……」

 目の前にあるのは馬車。
 いわゆるボックス馬車だ!
 すげー、馬も馬車もこんなに近くで見るの初めて!
 央族のご令嬢が馬も馬車も近くで見ることがなく、馬車に乗るのも初めてって困惑されるかもしれないんだけど、俺は社交界デビューの前にクソババアが借金こさえて駆け落ちしたから馬も馬車も売り払われたあとなのよ。
 ガキの頃は馬が危ないという親父の過保護で乗せてもらえず、ようやく乗れる年齢になった頃には馬も馬車ももうなく。
 結局この年まで馬車に乗ったことのない央族令嬢、結城坂舞の完成。
 ってわけで、俺は馬車に乗るの初めて!
 前世でも馬車なんて金払わなきゃ乗れるもんじゃなかったし、乗る機会なんてなかったからなー。
 滉雅さんが馬車のドアにある階段に足をかけ、手を差し出す。
 おお……! これが噂の「お足元にお気をつけて」というやつか!
 軍人スタイルでやられるとこれはこれで一部の女子の性癖にブッ刺さりそうだなー!
 実際滉雅さんほどのイケメンがやると様になり過ぎてて嫉妬する気も起きねぇ。

『馬車は初めてなのか?』
「!」

 初めて乗る馬車。
 その狭いながらもしっかりしたふかふかソファーに感動で打ち震えていると、頭の中に声が聞こえて来た。
 なんと、滉雅さん『思考共有』の霊符を持って来ていたのか。
 かくいう俺も一応腕に巻いて来たけどね。

「はい。実は――」

 まあ、でもわざわざ『思考共有』で話すよりは口で喋った方が早い。
 朝結城ウチの事情は知っていたようだから、実母クソババアのことをさわりだけでも話せばすぐに理解してくれている。
 コクコク頷いて話を聞いてくれたから、つい、喋り過ぎてしまった気が……まあいいか。
 ガタガタ音は聞こえるが揺れはほとんどない、それだけで上質とわかる馬車。
 時折小窓から見える外の景色を見ながら、テンション高いまま喋っていたから仕方ない。
 前世と合わせても初めての馬車なんだから!

「うわぁ……! すごくたくさん人がいますね……!」

 などと当たり前のことを言ってしまい、ちょっとだけ後悔したのは大通りに到着してから。
 央都は前世の京の都に似ている。
 縦、横に五つの大通りがあり、中心の一本が特に広い。
 ここはその一番広い、中央大通りである。
 この大通りから馬車も通れない歩行者天国の商店街に、色々な店が揃っているというわけ。
 もちろん俺は初めて来た。
 滉雅さんが初めて来た時にお迎えのために買った着物も、呉服屋で買ったのではなく庶民が古い布を持ち寄って店が仕立てて適当に並べている安い店だったしなー。
 生地を選んで仕立ててもらうような高い店の並ぶ商店街なんて、央族のお金のある家の令息令嬢の遊び場だ。
 大通りの中で馬車の停車場のような場所があり、そこで降りる。
 少し歩くと、商店街。
 もうわかりやすくソワッソワしてしまう。
 オムライス……この世界のオムライスだ、期待しすぎるのはよくない、わかっている。
 プリンも同様。
 だがしかし! 生まれた時から和食一色のこの人生において、ようやく垣間見得た洋食!
 和食っつーか、節約食。
 毎日ギリギリで生きて来たのさー。
 そんな中で、初めての外食!
 オムライス! プリン! 興奮しないわけもなく!

「オムライス……プリン……! 楽しみですっ!」

 はしゃぎ倒す俺に対して、滉雅さんは目を丸くしている。
 パッと見た感じ不審そうにしているように見えるが、親父の仏頂面と照らし合わせればキョトン顔。

『そんなに楽しみなのか? なぜ?』
「だって外食も初めてなのです! 本家から援助はいただいておりましたが、借金返済のために食費も抑えて生活しておりましたから……!」

 よその央族の食生活は知らんが、少なくともうちは俺が食材買い込む、漬物を漬け込む、味噌を作る、米も洗うし炊く、おかずも全部作る。
 前世で義務教育受けてなかったら成績がどうなっていたかなんてお察しだ。
 実際前世にはなかった花嫁修行の授業はガタガタだったしなぁ。
 ……その分霊術と霊符に傾いたっていうか。

『そうか。苦労したのだな』
「でも返済して借金額が毎月減っていくのはちょっと楽しかったです」
『そうか。なら、今日は好きなものを好きなだけ食べて、ほしいものは迷わず買うといい。ふみ様からいただいた金額で足りなければ俺がすべて出す』
「え!? いえいえ……! オムライスとプリンをいただけたらそれだけで……」

 実際、結城坂舞の体は少食だ。
 成長期に質素な食事をしていたせいなのか、あまり多く食べなくても満足する体になってしまったらしい。
 オムライスもプリンも全部食べられるか不安なくらいだ。
 ああ、今だけ前世の胃袋にならないかな……!
 そんな祈りを持ちつつ、自分が少食なことを告げると目を細められた。
 同情されてる?

「あ、でもやはり父が残さず食べてくれたのは嬉しかったです。たくさん食べられない分、たくさん食べてくださる方がいると作った甲斐があると嬉しくなります! だから滉雅様のご飯もたくさん作るので、いっぱい食べてくださいね! 私に遠慮は不要ですよ!」

 その瞬間、初めて滉雅さんが微笑んだ。
 自分でも驚くほどに胸がドッと衝撃に震える。
 心なしか体温も著しく上昇した、ような?
 なんだこれなんだこれなんだこれ。
 まさか、胸キュン――か!?

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