7 / 44
禍妖討伐部隊
しおりを挟む「隊長~、ちょっといいですか? お袋がこのおにぎりを隊長にって。なんか手伝いに行っている家の娘さんが、かなり霊力の高い子らしくて食事に込められる霊力含有量も高いそうです。それなのに婚約破棄されて可哀想だから、隊長のお嫁さんにどうかって!」
「…………」
「そう嫌な顔しないでくださいよ~。他人事ながら俺だって心配しているんですよ? 隊長の食欲不振」
肩を竦めて大げさな溜息を吐く伊藤。
自覚があるのか水筒から口を話した濡れ鴉のような黒髪と高麗納戸の鋭い眼光。
天道国の人間にしては手足が長く、6尺を優に超えた高身長。
家柄は元より、戦場の貴公子と称される整った容姿。
央族子女が憧れる彼だが当然欠点もある。
「…………」
「なんですか? え?」
「滉雅! 伊藤の言うことはもっともだよ。君最近本当に食べないんだから」
「副隊長!」
唇が動いているように見えず、伊藤が困り果てていると副隊長、鈴流木紅雨が近づいてきた。
流れるような鉄紺の髪を高い位置で一つに結った、赤紅色の瞳の美丈夫。
武の名士、鈴流木家の本家出身という、超エリート。
そんな紅雨よりも上の実力を持つはずの“隊長”、滉雅は叱られた子どものように唇を尖らせて膝を抱えてしまった。
「小学生みたいな拗ね方するな! 食事していないのは事実だろう! お前が食べないと霊力だけじゃなく体まで弱ってしまうんだぞ。伊藤の母君が心配して見ず知らずの霊力の高いお嬢さんにおにぎりを頼んだのは、伊藤を心配しているからだ。伊藤を始め、部下の命を預かっている自覚がまだあるのならありがたくいただけ! 毒見が必要なら俺がやるぞ!」
「…………」
ごにょごにょ、なにか言ってから伊藤の手にある笹の葉包みを受け取って、もそもそと食べ始める。
その様子に腰に手を当てがった紅雨は安堵の溜息を吐き出した。
実際部下が単独で囮になろうと駆け出したのを滉雅が止められなかったのは、他の部下を守るため禍妖の相手をしていたからだ。
そしてその時滉雅が守った部下は伊藤。
部下が死んでからずっと昼食を取らなくなっていた滉雅を、部隊の皆が心配していた。
久しぶりになにかを食べている滉雅の姿に、紅雨や伊藤以外の隊員たちも安堵の笑み。
「ところで、その婚約破棄されたお嬢さんって?」
「九条ノ護家の分家のお嬢さんだそうですよ。お袋が『父親想いで優しくて謙虚な、本当にいい子』ってべた褒めしてたんですよね。俺が未婚だったら俺の嫁に、とか言うくらい気に入ってるんですよ」
「伊藤のおば様は見合いの達人っていうくらい仲人経験豊富な人だったよな? うちのお嫁さんの従兄弟も伊藤のおば様に世話になったと言ってたし」
「あーなんかいろんなところに手伝いに行って、結婚の世話焼くのが好きみたいなんですよね」
「ふうーん、そんな人がおススメするんなら、滉雅と相性のいい子なんだろうな。会ってみてもいいんじゃないか?」
半分は冗談のつもりで言ったのだろうが、笑顔の紅雨を滉雅が軽く睨む。
性格を知っている伊藤がビクッと肩を跳ねさせてしまうくらい、滉雅の軽い睨みは怖い。
若い女性に人気が高い滉雅だが、結婚相手に恵まれないのはこの死んだ表情筋と口下手。
そして、女系家庭のせいで女性恐怖症気味。
紅雨の母は滉雅の母と姉妹関係。
つまり、紅雨は滉雅と従兄弟同士。
だから滉雅の家庭事情もよく知っている。
女だらけで姦しい滉雅の実家は、男の人権がないに等しい。
すべてを諦めた滉雅と滉雅父の姿を知っているので、女性が苦手になるのも仕方ない。
滉雅の母が選り好みしすぎて婚約話が三桁近く流れたのも――。
「なあ、滉雅。お前だってその年まで結婚できないのはまずいって思っているんだろう? 家は紫雨さんが継ぐからいいって思っているだろうけれど、今の一条ノ護家には男がお前しかいないんだから伯母様はお前の孫を抱きたいんだよ。もう今さら見合いなんて会って帰るだけの作業だろう? 伯母様も『とにかく結婚して所帯を持って孫を抱かせてくれさえすれば、相手の家柄はこだわらないから』って言い始めているし」
「もう諦め始めてますね、それ……」
「まあ。十代前半から二十代前半に選り好みしすぎて滉雅の婚期を完全に潰した自覚があるんだろう」
「って言っても、お袋の言っている子には俺も会ったことないんで、どんな子かわからないんですよね。情報も九条ノ護家の分家のお嬢さんで、性格がいい子で、霊力が多いってことくらい」
ふーん、とまた紅雨が腕を組んで小首を傾げる。
霊力が多いと言ってもせいぜい四級から三級程度だろう。
昨今の令嬢の霊力は、下がり続けている。
霊力の鍛え方が消失して五百年、口伝も潰え、結界の維持に注力するだけ。
しかし、禍妖の数は変わらない。
前線で戦う者としては、外からの霊力供給が重要になり続けている。
生まれつき破格の霊力量を持つ滉雅や紅雨などの一部の武人に、頼りきりになっているのが現状。
「……行く」
「おにぎり美味かった? 会う? 会う?」
「会わない」
伊藤、しかしそれでも「一週間ぶりに声を聞きました」と紅雨の顔を見上げる。
「美味しかったんだね。おば様に伝えてあげて」と紅雨が通訳してくれた。
97
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説

生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。

彼女(ヒロイン)は、バッドエンドが確定している
基本二度寝
恋愛
おそらく彼女(ヒロイン)は記憶持ちだった。
王族が認め、発表した「稀有な能力を覚醒させた」と、『選ばれた平民』。
彼女は侯爵令嬢の婚約者の第二王子と距離が近くなり、噂を立てられるほどになっていた。
しかし、侯爵令嬢はそれに構う余裕はなかった。
侯爵令嬢は、第二王子から急遽開催される夜会に呼び出しを受けた。
とうとう婚約破棄を言い渡されるのだろう。
平民の彼女は第二王子の婚約者から彼を奪いたいのだ。
それが、運命だと信じている。
…穏便に済めば、大事にならないかもしれない。
会場へ向かう馬車の中で侯爵令嬢は息を吐いた。
侯爵令嬢もまた記憶持ちだった。

【完結】ニセ聖女と追放されたので、神官長と駆け落ちします〜守護がなくなり魔物が襲来するので戻ってこい? では、ビジネスしましょう〜
禅
恋愛
婚約者の王太子からニセ聖女の烙印を押された私は喜んで神殿から出ていった。なぜか、神官長でエルフのシンも一緒に来ちゃったけど。
私がいなくなった国は守護していた結界がなくなり、城は魔物に襲来されていた。
是非とも話し合いを、という国王からの手紙に私は再び城へ。
そこで私はある条件と交換に、王を相手にビジネスをする。
※小説家になろうにも掲載

側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

眠りから目覚めた王太子は
基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」
ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。
「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」
王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。
しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。
「…?揃いも揃ってどうしたのですか」
王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。
永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

私が張っている結界など存在しないと言われたから、消えることにしました
天宮有
恋愛
子爵令嬢の私エルノアは、12歳になった時に国を守る結界を張る者として選ばれた。
結界を張って4年後のある日、婚約者となった第二王子ドスラが婚約破棄を言い渡してくる。
国を守る結界は存在してないと言い出したドスラ王子は、公爵令嬢と婚約したいようだ。
結界を張っているから魔法を扱うことができなかった私は、言われた通り結界を放棄する。
数日後――国は困っているようで、新たに結界を張ろうとするも成功していないらしい。
結界を放棄したことで本来の力を取り戻した私は、冒険者の少年ラーサーを助ける。
その後、私も冒険者になって街で生活しながら、国の末路を確認することにしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる