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ステラデータ・オフライン
しおりを挟む「ん? オフライン? この時代に?」
俺、真嶋政実は会社から帰るとすぐにVRゴーグルをかぶった。
なにか新しいゲームはリリースされてないだろうか?
そう思ってショップを漁っていると、見つけたのが『それ』であった。
『ステラデータ・オフライン』
オフライン。
落とし切りの、オフラインゲーム!
なんて事だ!
「へー!」
昨今のゲームはオンラインが主流。
たくさんの人と交流し、アイテムを購入する事で運営に金が入る仕組みだ。
しかしこのゲーム、月額でもなく1,000円で落とし切り。
その上「ゲーム内課金なし」になっているじゃないか!
こんなゲームが残ってるんだな。
懐かしさに嬉しくなって、購入を即決した。
今の時代の子供は、昔こんなゲームが普通にあった事も知らないんだろう。
「ゲーム開始!」
ゲームデータのダウンロードが完了してすぐに叫ぶ。
少しレトロな導入画面。
ゲームを始める時のワクワクは、何度体験してもいいものだ。
まず普通のゲームのように、その世界で活動するための分身を作る。
無難な男のアバターを製作。
職業は……剣士、魔法使い、闘士、採掘士……色々あるな。
そういえば、どんなゲームだったのか、よく説明を見ていなかった。
つい、オフラインゲームというところにはしゃいでしまったのだ。
だが、職業を見る限り普通のRPGだろう。
「うーん……うん? なんだこれ、便利屋?」
また変な職業のあるゲームだな。
しかし、なんとなく面白い職業じゃないか?
便利屋……なんでも屋という事だろう。
なんでも出来るというのは憧れる。
「よし、便利屋!」
職業を決定すると、画面がフィールドに切り替わった。
足が地面着く感覚。
こういうところは普通のVRゲームだな。
「……あ?」
そう、その瞬間までは、思っていた。
「……なんだ、すごいところ、だな……」
灰色の大地。
果てしなく広がる星空。
遠くに見える地球のような惑星。
地面は灰色。
楕円に見える地平線。
左右には、ゴミの山?
「…………」
ここでなにをすればいいんだ?
チュートリアルも始まらない。
仕方がない、少し歩いてみよう。
そう思った時、右のゴミ山からガタリと音がする。
見上げると、うさ耳の少女?
「……あ、新しいプレイヤー!?」
「え? あ、ああ、どうも?」
おや、おかしいな?
ここはオフラインゲームのはずだ。
それともNPCか? チュートリアルだろうか?
「あの、ちょうど良かった。このゲームについて聞きたいんだが……」
「っ……」
途端に顔を歪める少女。
そしてゴミ山から立ち上がり、俺の方まで滑り降りてくる。
その表情は……泣きそうだ。
胸に広がる不安。
どうしたのだ、一体……迷子なのだろうか?
少女は近くまで来ると、俺の手を握る。
「…………」
なんて悲しそうにするのだろう。
「あ、あの?」
「……来て。みんなに紹介する。あと、ここの事も説明するから」
「あ、ああ……よろしく……?」
そのまま手を引かれて、俺はゴミ山の間の道を通ってとある屋敷へと連れて行かれた。
美しい緑の庭、噴水、洋式の建物……。
広い玄関ホールを通り、左の扉を潜るとそこは食堂?
「ここで待っていて。すぐにみんなを呼んでくる」
「あ、あの……」
「あ、そうだ。自己紹介しておくね。私は須川奈緒火」
「!?」
本名?
いくらなんでもゲームの中で本名を名乗るなんて……いや、待て……!
「あの、ここはオフラインゲームだろう? なんで……」
「うん、それも説明するからみんなを呼んでくる。……大丈夫、みんな一緒だから……」
「…………」
ナオカちゃん——彼女は微笑むと、俺を椅子に座らせて立ち去る。
待つ間の不安と言ったら……。
一体なんだ? このゲームは……どうなっている?
チュートリアル、にしてはゲームの遊び方とかシステムの説明もなく、プレイヤー? が話しかけてきて「みんなを呼んでくる」……?
おかしい。なにかが、妙だ。
「新しいプレイヤーが来たって!?」
それから程なくして、十人近い男女が食堂に飛び込んできた。
見た目から剣士、魔法使い、闘士……最初に選べる職業のように見える。
ただ、人間以外の種族……たとえばナオカちゃんのように獣人、エルフ、ドワーフ、悪魔……だろうか?
とにかく多種多様だ。
「職は!? あんた職業はなにを選んだ!?」
「え? べ、便利屋を選んだけど……」
「便利屋だって!?」
「やった! これで水道が直せる!」
「ヤッタァ! お風呂に入れる!」
「ありがとう! ありがとう!」
「ちょっとみんな落ち着け!」
「そうだよ! 彼、まだこのゲームの事なんにも知らないんだよ!」
リーダーのような赤髪の剣士とナオカが叫ぶ。
すると皆が「あ……」と固まった。
人がいた事と、彼らがはしゃいでいた様子に少しだけ不安が和らぐ。
「まったく……。失礼、名前を聞いてもいいか?」
「え、あ……ああ、えーと……」
名前!
そういえば決めていなかったな。どうしよう?
「マサでいい。マサって呼んでくれ」
「マサ、だな。よろしくマサ。俺はタツロウだ」
「……本名、なのか?」
「ああ……」
なぜ、と声をかける前に、皆の空気が変わる。
神妙な面持ち。
悲しみ、失意……様々だが、どの表情にもプラスの要素はない。
赤毛の剣士、タツロウが「ユイト、アレを」と眼鏡の魔法使いに指示する。
ユイトと呼ばれた彼は頷いて、食堂の暖炉の上に置いてあったガラス玉を運んできた。
淡い虹色の光を放つ、男の両手サイズのその玉は、俺の目の前に置かれる。
これは、と問う前に、ぼんやり玉の中に人の姿が見え始めた。
『ようこそ、新しい住人……私はステラ』
気がつくと、周りは白い空間。
髪の長い、真っ白な美しい少女と二人きりになっていた。
おそらく……チュートリアル!
『まず最初に貴方はこのゲームからもう出られない』
「は? なんだと?」
『ここは捨てられたデータの漂流地。人類はあらゆるものをあらゆるところに捨ててきた。データも同じ。おかげで無機物だったはずのデータは有機物になってしまったの』
なにを言っている?
なにを言われている?
捨てられたデータの漂流地?
無機物が有機物?
「なにを、言っている……!?」
『だから私は考えた。捨てられて、小さな惑星のように溜まったこのデータの山は、捨てた人類にきちんと処理してもらおうって。心配はない。貴方もちゃんとデータ化して迎えたから。地球にある肉体という有機物ごとデータと化しているから、死ぬ事はない』
「だ、だから! なに言ってるんだ!」
『それじゃあ、このデータゴミの惑星……【ステラデータ】の廃棄作業をよろしくね、人類』
「っ——!」
手を伸ばす。
真白の少女……ステラは消える。
そして、気がつくとあの食堂に座ってテーブルに突っ伏していた。
「なんだ! 今のは!」
「見終わったか。……今のはこの惑星の電脳女神ステラからのチュートリアルだ」
「っ、電脳女神?」
タツロウたちは頷く。
そして、あのチュートリアルを何度も見返した結果、彼らが行き着いた答えを聞かせてくれる。
この世界は地球のすぐ側に形成された電脳空間。
ここは電脳女神ステラの言う通り『有機物』と化したデータ廃棄処分場。
俺たちは地球から『オフラインゲーム』の皮で覆われたアクセス権利に騙されて、無理やり連れてこられた『廃棄作業員』。
あの電脳女神は俺たちにこの惑星並みに巨大化した『破棄データ』の処理をさせるつもりらしい。
なぜか?
あの電脳女神にとって、捨てたのは人類だからだ。
人類の行いには、人類で対応しろ、という事らしい。
「いや、ふざけてるだろう! 俺たちの体は……!」
「分からない。死んでいるか、あの女神の言う通りデータが有機物化したこの場所に持ってこられているか……分からない事が多すぎて、調査を続けるしかない」
「ただ、ゲームが始まったのは一年前だ。俺とユイトはゲーム開始直後に攫われてきた。今のところ、帰る方は、ない」
「っ……」
眼鏡の魔法使い、ユイトとタツロウは顔を見合わせて、そして改めて俺を見る。
「調査はユイトの班が進めているが、正直芳しくない。そしてここの環境も、決していいとは言えない」
「環境?」
「ここはいわゆるゴミ集積所だ。人間が住める環境じゃねーんだよ」
口を挟んできたのドワーフだ。
名はエイグ。
アバターの職業と種族の変更は出来ないので、このままなのだそうだ。
そして、ドワーフの特徴『製作』によりこの屋敷を作った。
問題は屋敷の機能。
「作ったはいいが、使えないものが多い。水道、ガス、電気……そういうものは『便利屋』が直したり、通したりしなきゃならんらしくてな」
「!」
「そう! 君だよ!」
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「俺たちと一緒に生活するなら、もちろん大歓迎だ。どうする?」
「いまいち信じられないんだが……」
「最初は誰でもそうさ」
そう言われて肩を落とす。
なんにしても拠点は必要だろ。
「……よろしく、頼む」
安堵したような表情の住人たち。
反対に、俺の不安は大きくなった。
これは、閉じ込められた俺たちが人間を続けるための物語。
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