騎士団寮のシングルマザー

古森きり

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真美の不調【後編】

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「まずはご飯を食べよう。ピクニックの話もしたいしね」
「ピクニック……」
「うん、王都の側に『ルクルスの丘』っていう場所があるんだって。そこは歴代の聖女が結婚式を挙げる場所なんだってよ! 真美も将来、好きな人が出来たらそこで結婚するのかな?」
「け、結婚!?」

 ギョッと見上げつつ、そのなんとも言えない恥ずかしそうな表情に歩美は「お?」だと思う。
 これは意外と、気になる人がいたりするのではないか、と。
 メイリアの言う通り、真美には同年代で同性の友人が必要だと思う。
 そして、同じように真美の立場でそれは難しい。
 だから、そんな友達が出来るまでは、歩美がその役目も担おうと思っていた。
 せめて友達のような、そんな母親がいい。
 これまであまり構ってあげられなかったのだから、今からでも自分の理想の母親になっていけたらと。
 ソファーに座り、真美が「わたしにはそんなの早いから!」と叫ぶので歩美はニヤリと笑ってみせる。

「なに言ってるの~、そんな事言ってると、他の女の子に取られちゃうよ。気になる人が出来たら積極的にいかなくちゃ!」
「そ、そんなの……っ、そ、そーゆーお母さんは?」
「ングッ」

 喉になにか詰まったような声が出た。
 そんな歩美に反撃の糸口を見たのか、今度は真美がニヤリと笑う。
 そして歩美の隣に座ると「団長さんといい感じなんでしょ」と更に詰めてくる。

「い、いやいや、なに言ってるのよ。団長さんは護衛してくれてるだけだから」
「だったらわたしだってそうだし」
「……ん?」
「……あっ!」

 慌てて口を抑える真美。
 そして、ごまかすようにトレイに載せられたフォークに手を出して「い、いただきます!」と食事を始めた。
 顔は赤い。
 つまり、真美にはやはりすでに好きな相手が、いる。

(あ、あらあらあらあらあらあらあらあら~~っ!)

 なんて分かりやすい。
 自分の事を棚に上げて、好奇心と娘の成長を喜ぶ心で歩美の顔は満面の笑顔。
 女の子の成長は早いと言うが、すでに好きな子がいるとは。
 これは可能な限り根掘り葉掘り聞きだせるところまで聞き出して……と思った瞬間ハッとする。

(ブーメランになる)

 リュカの事を突っ込まれると、歩美もこのなんとも形容し難い気持ちを白状する事になりかねないと気付く。
 まだ言語化には至らない、この複雑怪奇な甘い感情。
 しかも、実の娘に。
 娘の恋に関して強く聞きたいところだが、自分の事が中途半端なのに、そこを突っ込んで聞き返されると見事な返り討ちに合う。

(……そうだ、中途半端……)

 リュカに対する感情。
 娘を第一に想う気持ち。
 真美はこの想いをどう思うのだろう。

(私だったら……言い訳にされたくないって思うかもしれない。でも、それは私の考えであって真美のじゃない。……あ、これ……もしかして真美も今こんな状況? ……誰に相談していいのか分からない……どん詰まりの……どうしていいか分からない、中途半端な気持ち?)

 扉をまっすぐ、背を正して見つめてしまう。
 それ自体に意味はないが、側から見れば急にぼーっとしたように見える。
 だからだろう、真美が食事の手を止めて「お母さん?」と歩美を気遣う。
 はっ、とした。

「……、……ああ、うん……ピクニックの話をしようか」
「? うん……そう、だね……行く」

 良かった、とピクニックに行く事を了承してくれた娘に安堵を覚える。
 そして、同時に新たな悩みも出来た。
 リュカへの想いは、心の奥底にしまっておくつもりだったのだ。
 真美の為にそうする。
 けれど、真美はそれをどう思うのだろう。
 母親の身としては娘の恋を応援したい。
 娘からすると母の、この複雑な想いをどう思うのだろう。
 真美が嫌だと思えばこそ、歩美はこの想いに名前を付ける事もなく屠るつもりだ。
 でも本当は?
 真美に話したら、真美はどう答える?
 そして、真美が歩美に恋の話をしようとしないのは信用されていないから?
 歩美が自分の心を素直に話せないから、真美も歩美に素直に話せないのでは……。
 それでは、この間の二の舞になる。
 溜め込んで、溜め込んで、どこかへ消え去りたいと真美が思ってしまうのでは?
 真美の気持ちを分からないくせに、と聖霊たちに叱られて……それなのに繰り返したら結局『娘の気持ちを分かろうとしない、母親みたいななにか』のままではないか。

(話そう)

 形の分からないこのもやもやを。
 けれど、まずはピクニックだ。
 真美の心を少しでも安定させてからではないと、この話は出来ない。

「ピクニックに行ったら、なにかしたい事ある?」
「えー……? お弁当食べる以外になにするの?」
「えっ、えーと、真美がやりたい事を聞いてるんだよ!?」
「そんな事言われても遊具とかないんでしょー? お弁当食べる以外やる事なくない?」
「うっ! うーん、えーと、ほら、ボール遊びとか」
「なにそれ。そんなので喜ぶの小学校低学年まででしょ。あと、わたし運動そんなに好きじゃないし」
「そ、そうなの? えーと、でも……あ! それなら!」
「?」

 自分が小学校の頃に好きだった遊びならどうだろう。
 手を叩いて立ち上がるほど、名案だと思った。

「ゴム跳びしよう!」
「…………なにそれ」
「え!? ゴム跳び! 知らない!? ゴムを脚に掛けて遊ぶの! 少しずつ上げて難易度を競うのよ!」
「……知らない。昔の遊び?」
「ぐうっ!」

 昔の遊び。
 その単語がぐさりと突き刺さる。
 せめて歩美の子ども時代、とか、そういうやんわりとした言葉で言って欲しかった。

「ま、まあ、見てなさいよ。そこまで言われたらゴム跳び世代の実力を見せてあげるわ!」
「はあ……?」

 とは言ったものの、塾などで実際にやった事のある回数は多くない。
 ジャンプ力のある女の子とは違い、膝丈まで位置が上げられるともう飛べない……いわゆる足首の『レベル1』が精々だったタイプ。
 あとはかくれんぼや鬼ごっこなどしが浮かんでこない。
 かくれんぼなんて実体験として真美と聖霊が本気でやったら、誰も見付けられないし、走るのは歩美も苦手だ。
 ボール遊びに興味ないと言われれば、歩美にはもはやそのぐらいしか思い付かなかった。
 言ってしまったからには後戻り出来ない。

(や、やってやる!)



 ピクニックは翌日。
 その為、午後からはかなり忙しかった。
 真美は聖殿で引き続きゆっくり過ごしてもらう事になり、歩美はお急ぎでゴム跳び用のゴムや、ピクニックに必要なマット、水筒の代わりになるものなどをかき集めに走る。
 そして、メイリアに『ピクニックでする遊び』も他にいくつかないものか、と助言をもらう為、騎士団寮の厨房に飛び込む。
 そこでとんでもない事を聞かされた。

「えええぇ……!? 聖殿長と陛下もピクニックに来る!? な、なんですかそれぇ!?」
「聖女様の調子が優れず、それの改善の為ならば、と言われてしまったのよねぇ。大丈夫よ、わたくしも一緒に行くから」
「…………」

 バッ、と食堂にいたリュカとハーレンを見る。
 二人の顔は青ざめていた。
 どちらかと言うと『今からその為の配置換えを考えます』という感じだろうか。
 そして、更に言えば『聖女が本調子でない時に陛下が結界の外に出るなんて……』という顔もしている。
 地獄だ。
 他の騎士も、全員なにか悟ったような、しかし青い顔で食事をしている。
 うちの娘が本当にご迷惑をお掛けして……と申し訳なさから涙が出そうになったが、彼らの仕事なので頑張ってもらいたい。

「あ、そうだ……それから、メイリアさん、外で遊ぶのにちょうどいい遊びって知りません?」
「あらあらまあまあ、結局そこに戻ったの?」
「戻ったんですよ……全然思い付かなくて」
「そうねぇ、じゃあ花占いはどうかしら? 簡単な運勢や恋の行方を占うの」
「占い……」

 それは面白そうだ。
 なぜもっと早く思い付かなかったのか。
 しかし、すぐしょぼしょぼと肩を落とす。

「でもそれ奇数の花びらと偶数の花びらで答えが分かるやつですよね? 今時の子どもにそんなの教えてもバカにされません?」
「? アユミちゃんの世界の花占いってどういうものなの?」
「え? 花びらを抜いて、好きか嫌いか占うものじゃないんですか?」
「まあ、そんな恐ろしい事出来ないわよ! 花は植物の一種なのよ?」
「ハッ!」

 そうだった、この世界の植物は凶悪なのだった。
 花びらを一枚一枚引っこ抜けばどんなに暴れられるか……想像するだけでも恐ろしい。
 そんな危険に真美をさらそうとしていたなんて……とがっくり肩を落とす。
 では、この世界の花占いとはどうやるのだろう。

「この世界の花占いは聖霊に協力してもらうのよ。明日やり方を教えてあげるわね」
「! わあ、それは……楽しみです!」
『コールもお手伝い出来ますの?』
「ええ、コールちゃんにも手伝ってもらうわよ。ふふふ、楽しみにしてて」
「はい!」
『はぁい! です!』





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