騎士団寮のシングルマザー

古森きり

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初めての異世界料理【後編】

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 調理の仕方、ではなく倒し方ときたものである。
 恐る恐るリュカが持ってきた箱の中の野菜を見た。
 ……見る限り、大変おとなしそうな……普通の野菜にしか見えないが……。

「え、ええと、これが、あ、暴れるんですか?」
「そうよ。今は命の危機を感じていないからおとなしいけれど……」
「………………」
「きっと収穫してくる時も大変だったと思うわ。ゴゴロというお芋なんて結構固いし集団で襲ってくるから、毎年けが人が出るのよ。テルト……ほら、そこの青い丸い野菜、あれはヘタから果汁を噴き出して攻撃してくるのよ」
「っ!」

 指さされた先にあるのは、トマトの形をした真っ青な野菜だ。
 あんな色の中身が、噴射してくる。
 想像しただけでゾッとした。

「…………あ、ええと……。…………。今日は、その、ちょ、調理の仕方だけ……お、教えてください……」
「そうねぇ、その方が良いわねぇ。初めて料理するのでしょう?」
「はい」
「じゃあ今日はわたくしが野菜の下処理するわね。見て覚えて、明日チャレンジしてみましょう」
「よ、よろしくお願いします!」

 まさかこの世界の野菜がそれほど危険なものだとは……。
 早くも前途多難な予感しかしない。

「まずワンタは丸ごと沸騰したお湯に入れるわ」
『ギャァィァアァィァ』
「…………っ」

 優しい笑顔で沸騰したお湯の鍋に紫のレタスのような野菜をぶち込んだメイリア。
 すぐさま蓋をすると、中から断末魔のようなものが聞こえる。
 気のせいだと思いたい。

「次にテルトは汁を出される前に真っ二つにするわ。こんな風にね」
『ぎゃ』
「…………」

 まな板の上に載せられた青いトマトは一瞬で真っ二つ。
 悲鳴のようなものが聞こえた気がする。
 気のせいに違いない。

「メーリー、火をありがとう。もう良いわよ」
「……火が……」
「火の聖霊術よ。アユミちゃんは聖霊とはもう契約したかしら?」

 コンロのような石の上に鍋を載せたら火が点いた。
 そこまでは「こっちにもガスコンロが?」と思っていたがメイリアはなにかの名前を呼んだ。
 そして驚いた事にこれもまた『聖霊術』らしい。
 その上「もう契約したかしら?」と聞かれると思わず、固まってしまう。

「……アユミちゃん?」
「あ、い、いいえ。私は……聖霊が見えないので……」
「あら、そうなの? 珍しいのね……? 霊力があれば大抵の人は見えるのだけど」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。この世界では一般的よ。平民には見えない人も多いそうだけど……。貴族の者は特に強い霊力を持っていると言われていて、必ず一人一体の聖霊と契約しているもの」
「そう、なんですか……」

 この世界の人は見える。
 では、見えない自分はおかしいのだろうか?
 聖女として召喚された真美は、聖霊の中で一番偉い聖霊王とやらと契約したと言っていた。
 当然、真美も聖霊は見えるのだろう。

「まあ、良い行いをしていれば見えなくとも祈りを捧げて願いを口にすれば、力を貸してくれるわ。アユミちゃんは聖女様のお母さんなのだから、聖霊たちも『なんでも言え』と言わんばかりの顔をしてるわよ」
「え?」
「大丈夫よ。さあ、料理を続けましょう。お昼ご飯に間に合わなくなってしまうわ」
「あ! そ、そうですね!」

 気を取り直して、料理の続き。

(…………ところで、湯がくってアレで良いんだっけ? 私の知ってる湯がくと違うような気がする。……いや、野菜が調理されるのに対して抵抗するのだけで今日はお腹いっぱいだからもう良いや……)

 歩美は深く考えるのをやめ、メイリアの指示でボール型のお皿を四つ持ってきた。
 紫色をしたレタスを布で巻き、鍋から取り出して葉を一枚一枚手で剥いていく。
 さっき悲鳴のようなものを聞いたせいか、妙にその様子が恐ろしく見えた。

「更に食べやすくちぎるわね。さあ、手伝って、アユミちゃん」
「は、はひ」

 これはサラダ作り、サラダ作り。
 そう自分に言い聞かせながら、背筋がぞわぞわするのを堪え忍び、盛り付けていく。
 レタスっぽい野菜ワンタが終わったら、次はあれから更に八当分されたテルトという青いトマト。
 それを上に一皿二つずつ載せて、次に取り掛かるのはドレッシング。

「……それにしても……この世界の野菜って、なんか、こう……あまり食欲が湧かない色をしていますよね……」

 なのだが、野菜だけ見ていたらげんなりとしてきた。
 色味が紫や青だと、食欲が減退する。
 実際以前テレビで紹介されたダイエット方法の一つに『食べ物に青の着色料で色を付けると食欲が減退して、必要量以上に食べられなくなる』というものがあった。
 これは地でそれを実行している。
 この色味はない。

「そーぉ? 野菜だもの、不味そうな色なのは当たり前じゃぁなぁい?」
「え、ええ? それじゃあ他の野菜もみんな不味そうなんですか?」
「当たり前よぉ~、野菜は食べられたくないんだもの。不味そうな色にして、自分を守っているのよ」
「……………………」

 とても理にかなっていて反論の余地もなかった。
 せいぜい「や、やりおるな野菜……」と負け惜しみのように呟くぐらいしか出来ない。

「大丈夫、慣れてしまえば良いの。さあ、次はドレッシングね。コフとルッスを混ぜるのよ」
「ええと……味見付て出来ますか?」
「ええ、どうぞ」

 と小皿に小分けしてもらった調味料を指で舐める。

(! これ、塩だ。黒いサラサラした粉、コフは塩。こっちの白い液体……ルッスは醤油みたいな味。どっちも色がなぁ……)

 色が逆になった、と思えば良いのだろうが、これは慣れるまで時間が掛かりそうだ。
 というか、しょっぱいものにしょっぱいものを合わせてとうするのだろう、と思っていたら、かなり少量しか使わないらしい。
 コフ(塩)とルッス(醤油?)を混ぜたものを脇に置き、新たにお皿にココナッツのような物を取り出して中身を注ぐ。

「えっと、それは?」
「ワフルよ。舐めてみる?」
「い、頂きます」

 ピンク色の液体は、これはこれであまり食欲が湧く色ではない。
 しかし味の確認はしたいので、小皿にもらい、今度は直に飲んでみる。

「! わあ、甘いです」
「ええ、ワフルはお菓子を作る時などにも使うのよ。一本、実がなるまで育てれば毎日実がなるし、野菜と違っておとなしい性質で抵抗なく実を食べさせてくれるの。その代わり、陽の当たるところでちゃんとお世話しないとダメ。話しかけて、水をあげて、実の絞りかすを土に還してあげなければいけないのよ」
「へ、へえ?」

 なにやらツッコミどころがあった気もするが、とりあえずスルーした。
 味はココナッツミルクのようであり、液状のホットケーキミックスのようでもある。
 不思議な味わいだ。

「さあ、次はこのワフルの果汁にこれを入れるわ」
「コフとルッスを混ぜたものですか」
「そう、少量でいいの。あまり入れるとしょっぱくなってしまうから。これが『リード』というドレッシング。さ、混ぜたらこれで『フェスタ』の完成よ。四つ作ったから、一つは味見で食べてみるといいわ」
「あ、ありがとうございます!」

 では、と一皿持ち上げ、フォークで食べる。
 甘しょっぱいドレッシングと絡めれば、見た目が青と紫のレタスとトマトも食べられなくもない。
 しかし、青と紫の野菜の上にピンクの液体というのは……視覚への暴力に等しい気がする。
 とはいえ、この色味ばかりはどうする事も出来ないだろう。
 少なくとも歩美にその知識はない。

「どうかしら? 聖女様の世界のお料理に似てる?」
「ええと、まあ、味は、多分……。でも、見た目が……」
「そう……。けれど見た目ばかりは難しいでしょうね」

 見た目というか、色味が。

「他にもなにか作りましょうか? あら、メオがあるじゃない」

 箱の中を見下ろしたメイリアが持ち上げたのは、歩美の世界にはない野菜。
 ある意味全てなにかしら差異はあるが、形は見覚えのある野菜が多い中、それだけは全く見当も付かなかった。
 なにしろ、赤くてハート形なのだ。
 正直野菜かすら疑っている。

「えーと、それは?」
「メオという野菜よ。火を通すととっても激辛になるの」
「…………。あ、うちの娘は激辛苦手なので……」
「あらそう? 残念だわ~」

 危険な感じがしたので丁重にお断りした。
 甘い、しょっぱいの概念が同じなら、彼女の言う激辛はこちらの想像を絶する激辛の予感しかしない。
 なにしろメイリアは満面の笑みで「激辛になるの」と語尾にハートでも付いていそうなルンルン感で言っていた。
 この女性は、間違いなく辛党だ。
 そんな彼女が笑顔で「激辛になるの」とくればあれは危険物だ。
 間違いなく、タバスコも裸足で逃げ出すレベルの代物と見た。

「じゃあ他には野菜炒めでも作りましょうか。それじゃ育ち盛りの子には足りないかしら? あとは……」
「あの、そういえば聞きたかったんですけど……お米とかはないんですか?」

 この世界に来てからずっと気になっていた事。
 もっと早く、メイドたちに聞いても良かったのだが彼女らのいかにも『仕事中』な雰囲気がどうにも固くて聞けずにいた。
 それに、食事をタダで毎食ご馳走になっている身としては、文句を付けるようでとても言い出せなかったのだ。
 更に言うと『聖女の母親が言う』イコール『探してこい!』と捉えられそうで、それも怖い。
 今考えるとその選択肢は間違っていなかったと思う。
 リュカの話から、魔物や厄気で相当食糧難のようなのだ。
 そんな中でそんな事を言い出したら、最低ではないか。

「オコメ? なにかしら?」
「えーと、穀物なのですが……田んぼというところで育って……多分小さい実だと思うんですけど……こ、このくらいの、すっごーく小さな……」
「あらまあ、本当に小さいわねぇ……」

 指で「こんくいら」と粒の小ささを示すが、その様子だと分からないのだろう。
 お米があれば、おにぎりという料理初心者も楽チン簡単な伝統料理が作れるのだが、この様子ではお米もなさそうだ。
 似たものはあるだろうか?
 そう思って、この世界の穀物について聞いてみた。
 きょとん、とされる。

「コクモツ? 不思議な響きね?」
「まさかないんですか!?」
「そうねぇ、聞いた事はないわねぇ」
「しゅ、主食……えっと、パン! を、焼く時に使われるものは!?」

 と、聞いてみたものの、歩美はパンの作り方など知らない。
 パンは買うもの。
 それが歩美の常識だ。
 しかし、今はそんな事を言ってる場合ではない。
 パンがあるなら作り方も教われば良い。
 実際食事の時はバターロールのようなパンが必ず出る。
 恐らく、この世界の主食はパン。
 そして、パンは小麦という穀物から出来る……だったはず。
 歩美には小麦がどうやってパンになるのかまで知識がない。
 だから、どうにも具体的な説明は出来そうになかった。
 情けない事だが。

「……パン? ああ、パーンの事?」
「…………」

 発音がやや異なるようだ。
 複雑な気持ちで肩を落とす。
 手を叩いて微笑んだメイリアは、パン……いや、パーンの作り方を教えてくれた。
 パーンはパパーン粉という粉を使う。
 パパーン粉はパパーンという大きな根菜を砕き、日光に当てて乾燥させる。
 なんと一ヶ月も乾燥させるそうだ。
 そうして一ヶ月間、乾燥させるとパパーンは触れて砕けるほどカラカラになる。
 その砕けたものを使って作るのがパーン。

(へぇ~! パンってそうやって作るものだったんだ~)

 歩美は盛大に誤解した。

「でも、パーンは今から作ると少し時間が掛かるわ。生地を一晩寝かせなければいけないの」
「うえ!? ひ、一晩も!?」
「明日作りましょう。生地はわたくしが作っておくわ。それとも、明日はなにか用事があるかしら」
「! いえ! 明日もご指導お願いします!」

 結局『フェスタ』というこの世界のサラダしか完成しなかった。
 しかし、ほとんど料理をしてこなかった歩美にしては頑張った方だと思う。
 だがこの程度で満足は出来ない。
 頭を下げて、メイリアに頼み込む。
 明日の昼も真美の為に料理を作るのだ。

「あらあらまあまあ。ええ、ええ、もちろんよ。待ってるわね」
「はい。ありがとうございました」
「落とさないようにね」
「はい!」

 サラダを二皿、持ち上げて厨房を出る。
 頭を下げ、騎士団寮を出て、城へと小走りで戻った。

(あ、団長さんに声掛けてこなかった。まあ、良いか)

 ちなみに、真美には「まあ、そんな事だろうと思ったよ」と見下された。


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