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中部

四本目の鍵

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 下層で少し休憩を取った後、五人はいよいよ湖底へと続く階段を降りる。
 透明なガラスに覆われた湖底は、神秘的な光景が広がっていた。

「すごーい! まるで湖の中にいるみたい!」
「まあ、実際そうなんだけどね」

 はしゃぐリズへ、エリンが冷静に付け加える。
 しかし、そんなエリンもソワソワと周りを眺めていた。
 泳ぐ魚。湖底に揺れる藻。光の加減で水面が揺れ動く様。
 案の定、外は夕陽。
 その柔らかな夕焼け色が、その暗く湖底に降り注ぐ。

「すごい……湖底から見上げる空って、こんなに綺麗なんだねー」
「藍色と紫色が混ざり合っていて、幻想的ね……」
「ユエンズって意外とこういうの好きだよねー! んもー、乙女なんだからぁ~!」
「な、なによ! いいでしょう別に! ワイズだってひらひらのスカートが好きじゃない!?」
「可愛いものを着たいのは当然じゃなーい! ユエンズもスカートにすればいいのにーぃ! 絶対可愛いよー?」
「わ、わわわわ私はい、いぃいついかなる時も素早く動けるこの服でいいのよ!」
「ねえねえ、町に戻ったらみんなで新しい服買わない? あの町の服屋さん可愛い服たくさんあったし!」
「「さんせーい」」
「うそでしょエリン!? 貴女まで!?」
「ユエンズに可愛いフリフリ服着せて遊ぶの楽しそうだし」
「なにそれひどい!」

 相変わらずの仲良しである。
 みんな鍵の事など頭から抜け落ちていそうだ。
 仕方がないのでミクルが中央の台座に近付く。
 水の球体結界に守られた『魔陣の鍵』。
 結界を安全に破壊するのは無理なので、同調し、魔法の所有権利を自分に書き換える。
 そこから結界解除を行う。
 指先を水が流れ落ちていく。

「…………」

 鍵が四つ。
 重ね合わせると、一つの鍵に組み変わる。
 先端の丸い飾りの中身がまた、指し示す方向を変えた。
 指し示すのは斜め上だ。
 湖底にいるのだから上を指し示すのは当然なのだが、この方向は?

「鍵、手に入ったから……戻ろ……」
「え! いつの間に!?」
「ねえねえ、そういえばミクルの体は大丈夫なの~?」
「うん……」

 リズが真横に駆け寄ってきて、腕に絡み付く。
 相変わらず距離が近い。
 顔を背けて頷くが、なぜかジトー、と見上げられる。

「んー? なんかー、ミクルが背伸びてるー」
「え? どれどれ?」
「そ、そりゃあミクルも成長期だし……男の子なんだから背も伸びるんじゃないの?」
「あ、本当じゃん? アタシと同じくらいになってんじゃん?」
「ちょ、ちょ……!?」

 ワイズとエリンがミクルの前方と左側に回ってきた。
 リズは右側にいるので、なかなかの圧。
 三人がいじる標的をユエンズからミクルに変えたのだ。
 もちもちほっぺをぷにぷに左右から突かれ、ワイズには頭をわしゃわしゃされる。

「あ、あうう、あう~、や、やめてぇ……」
「生意気……」
「え、なんかぷよぷよだったミクルの腕も硬くなってるよ!? 生意気生意気~!」
「ほっぺは相変わらずもにもになんだけどね~?」
「も、もー! やめなさいよ三人とも!」
「て、転移して、町、帰れる、から、は、離れて、少し、おねが、やめぇ……!」

 町に帰るまで弄ばれ続けた。

 転移魔法で町に帰り、まずは宿屋で一休みする事にした。
 一休みといっても体の汚れを落とす。
 その後、町に繰り出して夕飯と買い物。
 ミクルも宿屋に一部屋借りて、お風呂に浸かる。

(狭い。ぬるい……。…………。『発熱』)

 人が入れる木の桶の中に、沸かしたお湯を入れていくスタイルの風呂。
 当然、量が貯まる頃には温度は低くなっている。
 発熱の魔法をしばらく使う。
 湯の温度は高くなり、程良くなる。
 自分の好みの温度になったらゆっくり肩まで浸かれば良い。

「うわ、なにこれぬるーい!」
「やだ、ほんと……」
「え、全部?」
「全部みたいだわ」

 隣の部屋から声が突き抜けてくる。
 ここに聞こえてくるという事は、他の宿泊客にも丸聞こえという事だ。
 あの四人らしいといえばあの四人らしいが、これまで喧騒とは真逆のところで過ごしていたのでなんとなく居た堪れなさを感じる。

(仕方ない……『広範囲・発熱』)

 腹の中の『吹き溜り』の魔力は今もなお膨れ上がっていた。
 自然魔力を『収集』する必要がなく、使い放題だ。
 だがこのままでいいとは思えない。

(毒素も出続けているし、それは魔石になるからいいんだけど……)

 ちょうど良い機会だ、ぼんやりしていた状況を少し整理しよう。
 そう思って膝を抱く。

(魔導王と呼ばれ、今は魔王と恐れられる『クリシドール』は御伽噺に出てくる『魔女』……。クリシドールは。そして勇者は御伽噺に出てくる空想上の人物……)

 魔王の子孫なのではないかと言われる『禁忌の紫』を片目に持つエリン。
 彼女にだけ聴こえるという声は『勇者の声』。
 また、故郷の塔ではクリシドール自身の遺した残滓に『勇者と名乗る男』という言葉が出てきた。
 その男はどうやらこれまでは身動きが取れない状況だった。
 だが、なんらかの理由でそれがなくなり、『復活』している。
『勇者を名乗る男』はクリシドールの『体』に執着しており、彼女の残滓曰く『勇者を名乗る男が復活しているのなら、疫病を私の体に封じて燃やせ』。
 確かに彼女は『疫病の魔王』と呼び名が高い。
 だが、彼女は『疫病を封じて燃やせ』と言った。
 ミクルは己の腹を撫でる。

「………………」

 人工の『吹き溜り』からは毒素が出てしまう。
 人為的に開けられた世界の中との境界線。
 世界中では魔力を何かの毒分解に使っている。
 そこへ人間が人為的に『排出口』を開く為、毒が出てしまうのだ。
『エヤミ』と呼ばれる毒が。
 その毒がなんなのかはまだはっきりと理解は出来ない。
 しかし腹に抱えた今ならそれがなんなのか分かる。
『魔導王クリシドール』が行った偉業と罪。
『勇者を名乗る男』の行ったおぞましい行為。
 顔を湯に沈める。

(ああ、気持ち悪い……)

 では次の問題は、その事を幼馴染みたちに告げるかどうか。
 あまりにも、女性に聞かせるにはおぞましい。
 特に、エリンには絶対聞かせたくなかった。
 ならば答えは一つ。

(話さない)

 話す必要がない、きっと。
 顔をお湯から出すと、首に下げた鍵が一緒に浮かんでくる。
 鍵が指し示す方向は上空──天空の逆さの城。
 魔女クリシドールの遺体はあの城にある。
 いや、正確には──ミクルの予想だが──……城そのものが『彼女』だ。

「…………」

 彼女の遺体を弔う。
 そう決めている。
 オディプスに言われたからではない。
 今はミクル自身が心からそうしてあげたいと思う。
 彼女の遺体をあんな風に欲望のままに使い続ける『勇者を名乗る男』……なも知らぬ『勇者擬き』。

 

「あ! なんかあったかくなってきたよ!」
「ほんとだ? なんで?」
「もしかしてミクルー! なんかしたー?」
「あったかく、した」
「え? なにー!? 聞こえなーい! もっと大声で言ってー!」
「…………」

 溜息を吐く。
 宿の人に迷惑になってしまうので、風呂から上がる。
 体を魔法で乾燥させ、服の汚れを浄化して纏う。
 洗濯したてのようにはなるが、やはり太陽の下に干した時のような暖かで柔らかな匂いはしない。
 ストールを巻いて壁に寄る。

「もう上がった。先に、町に出てる」
「「「「え!」」」」

 壁から離れると、案の定ギャーギャーと色々騒がしくなにか言い始めた幼馴染みたち。
 彼女たちは今から髪を洗ったり、服を乾かしたりと忙しいのだろう。

「ちょ! 待ってよ!」
「ずるいー! ワタシもご飯食べる~! ミクル~!」
「待ってるから」
「私まだ髪の毛洗ってない!」
「あ、あたしも……!」
「ぎゃー! わたしまだ服乾いてないのに!」
「お姉ちゃん、体洗ってないでしょ! いつもワタシに先に洗えって言うくせにー!」
「こ、こら、リズ! 貴女も体洗ってないでしょ!? ワイズ、服の乾燥は後にしなさい! え、えーい! みんな、まずは髪と体を洗うのよ!」
「そ、そうね!」
「う、うん、分かった!」
「ミクル、ちゃんと待っててよ!」
「はーい」

 賑やかである。本当に。

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