13 / 45
前部
二本目の鍵
しおりを挟む御伽噺の中で『ゲティルト山』。
思っていた通り、それは『オファディゲルト山』の事のようである。
村に結界を張り、観測所に戻って二日後──ミクルはオディプスと共にその山に向かっていた。
魔女クリシドールの遺体を弔う、とオディプスは言っていたが、『魔陣の鍵』を集め、その鍵が指し示す方向にその遺体があるというのはにわかには信じがたい。
「……モンスター……」
「ちょうど良い、あれで教えた事を試してみたまえ」
「はい」
前方に現れたのは猿のようなモンスター。
素早い動きに翻弄されそうになるが、身体強化の魔法を自身にかけてオディプスに手ほどきを受けた武闘技を仕掛ける。
『我々のような魔法を主にする者は、近接戦闘が苦手だ。君もそうなんじゃないのかい?』
ギクリ。
それを言われた時、思わず全身が硬直して冷や汗が流れた。
その通り過ぎて。
体を動かすのが元々とても苦手で、当然剣も弓も槍も、村で教わる最低限の自衛すらろくに覚えられず仕方なく『魔道士』になったのがミクルである。
観測所でオディプスが「体の動かし方だけ覚えておきなさい」と、戦う時の型だけは学んだが……筋肉もないミクルに近接戦闘など絶対に無理。
しかしそれでも、オディプスの「身体強化すれば楽!」という満面の笑顔を信じる事にした。
『全身強化』という強化魔法をかけた後、木の枝を器用に飛び移り襲い掛かってくる。
だが、不思議な事にモンスターの動きはやけに遅い。
太い腕でミクルに殴り掛かるその動きが、スローモーションに見えた。
難なく避けて、後ろに回り込む。
(えっと、親指は拳の中に、しまう。怪我、してしまうから……)
脇はしめる。
そうする事で軌道が安定する……らしい。
体は地面に真っ直ぐ立つ。
足は肩幅に開く。
腰を低く、膝はやや曲げ柔軟な姿勢を取る。
振り返って、再び襲い来る猿のモンスター。
猿のモンスターを最初の標的に選んだのは急所が人体とほぼ同じだから。
(攻撃を避けつつ、強化魔法が続く、限り、逃げ……回る……)
強化魔法の持続時間も分かるし、重ね掛けの練習にもなる。
近接戦闘の苦手なミクルは、これで回避も学んだ。
相手の攻撃の観察。
攻撃パターンがあるので、それを覚える。
とはいえ、敵によって攻撃パターンは違うのでこいつだけの攻撃パターンを覚えても仕方ない。
しかし、経験として覚えたものは残る。
決して無駄にはならない、というのがオディプスの教えだ。
(慣れてきたら、反撃、してみる……)
相手が逃げ回るミクルに苛立ち、更に猛攻を重ね、それでも逃げ続ければ疲弊する。
相手が疲れてきたら、拳で殴り付ける。
しかしその際は、三つの付加魔法を合わせる事。
(筋力上昇、俊敏上昇、負荷軽減……)
にっこり笑顔で「怪我をしないためのものだよ」と言われて、そういうものなのだろうと思っていた。
……実際モンスターを殴り飛ばすまでは。
「ぎぃいいいいぃー!」
「!?」
ぶっ飛んだ。
木を数本なぎ倒し、五メートルほどモンスターは飛んでいき……そして消えた。
思いもよらないぶっ飛び具合に固まるミクル。
ふわりと宙から降り立つオディプスは「初めてにしてはなかなかだけど、加減を間違えたね」と小首を傾げて見せる。
可愛いつもりか?
いや、それはいいのだが、自分は言われた通り、教わった通りの魔法を使っただけだ。
それなのにこの威力。
口をパクパクさせて、抗議の言葉を探すが上手く出てこない。
モンスターは、確かに倒せたが……これでは過剰攻撃ではなかろうか?
「あ、あう、あ、こ、攻撃、おれ、こんな……」
「うん。君はだいぶ強化に関して長けてきた。ならばそろそろ逆……加減も覚えた方がいい。僕もよくやりすぎて、叱られてしまったからね」
「……か、か、げん……てか、げん?」
「そう」
手加減……と、もう一度呟く。
確かに最近初級の魔法を中級レベルに強化して使うやり方を教わり、出来るようにはなってきていた。
だが、それだけではダメらしい。
「対人戦になった時、この威力だと相手をただの肉塊にしてしまうよ」
「ひぇ……」
体がガタガタブルブルと震える。
自分の手で、人間が跡形もなく消し飛ぶ光景。
絶対に見たくない。
「もう少しこの辺りで練習しようか。それとも先に鍵を探す?」
「か、ぎ、さがし、て、きます……」
「そうかい? まあ、元々それが目的だしね。手加減の練習は鍵が手に入ってからやろうか?」
「……(コクコク)」
たまたまモンスターが目に入ったから、近接戦闘の練習をしてみたが……今日の目的はあくまでも二本目の『魔陣の鍵』。
優先順位を間違えてはいけない。
無言で縦に頷くと、オディプスは「ふむ」と頷いて微笑む。
「では君が出てくるまでに、ちょうど良さそうなモンスターを集めておこう」
「……、……あり、あ、ありがとう……ござ、います……でも、あの、あんまり、いらない……」
「ふふふ、遠慮する事はない。対人戦で失敗して相手を肉塊にしたくはないだろう?」
「………………」
それは、いやだ。
なので肩を落として頷く。
オディプスとしては他にも調べたい事や試したい事があるらしい。
彼と別れて山へと飛び上がる。
モンスターはあの城が空に現れて以来、危険なものが多くなっているので、見つけ次第始末するようにしていた。
小物は多いが、先程の近接戦闘練習を思い出すと練習相手に程良い。
しかし、十体を超えた辺りから嫌気が差してくる。
(魔法で戦いたい、普通に……)
モンスターとはいえ、殴るという行為が好きではない。
剥き出しの岩肌を浮遊しながら登り、鍵を取り出す。
指し示す方向は断崖絶壁。
これを進むのは『魔法』が使えなければ無理だ。
更に言えば、この『浮遊』や『飛行』の魔法はミクルとオディプス以外使える人間はいないだろう。
そのぐらい、この世界の魔法はしょぼい。
いや、ミクルもオディプスと出会う前は魔法自体の危険性を認識していたはずだ。
だが、魔法は道具。
『剣や包丁と同じ。使い方を間違えなければ、これ程素晴らしいものはない。使い方を間違える人間にならなければいい』
例えば──魔法で人を殺める。
例えば──魔法で人を操る。
例えば──魔法で世界を支配する……。
もちろんミクルはそんなものに興味はない。
オディプスから学ぶ魔法の未知なる領域に好奇心が刺激されるだけだ。
なにより、軟弱なミクルには魔法はとても合っている。
幼なじみたちを守れるくらい強くなりたい。
ずっとそう願っていたのだから。
「…………モンスターの反応じゃない……?」
断崖絶壁を飛行していると、大きな穴を見つけた。
おそらくあれが『魔陣の鍵』のあるところへの入り口。
だが、その真上付近にモンスターとは違う反応がある。
「!」
人間だ。
人間がこの断崖絶壁の上にある一本の木に引っかかっている。
しかも、あれは──!
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる