ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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住む世界

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 なかなか戻ってこない淳を心配して松田が顔を覗かせてきたので早々にレッスン室に戻ることにした。
 先程聞いた仕事内容を他の二人にも伝える。
 石動が非常に嫌そうな表情をしたので、なにか思うところがあるのだろうか?
 
「上総先輩は対グループが出るの嫌ですか?」
「っていうか、そういう方針でいくなら別に俺たち相手じゃなくてもよくね?」
「それは俺に言われましても」
「まあ、それはそうなんだけど」
 
 しかし、石動の言いたいことはよくわかる。
 Frenzyフレンジーは『Vtuberがいるグループ』という特徴があるので、今さらプラスアルファで対存在を作るよりは次代に対のグループを作ればいいのでは、と思う。
 ただ、今の時点でRepressionレプレッションというグループは魁星しかメンバーが正式に決まっていない。
 なんなら魁星も事務所を『仮所属』状態。
 そんな状況ですでにレッスンも半年こなして全曲ほぼ形になりつつあるFrenzyフレンジーと敵対させるのは無茶だろう。
 準備するなら二つ同時でなければ。
 
「まあ、でも考えてること自体は売り出し方としてアリだしな。その辺はさすがっていうか」
「そうですよね~。オタクは大好きですよ、そういうの。……でも、そういう手法ってガチ勢が出ると炎上しがちになるんですよね~」
「その辺の扱いが上手い奴らじゃないとそうなるよな。そう考えると東雲学院はそれなりに授業で扱い方を教えてくれるから、東雲学院から取るのはいい考えだろう。そのあたりの扱いは西雲学園芸能科や他の芸能科のある学校でも教わらないから」
「そうなんですか? ……まあ、最初から芸能界にいる人が入ってくるような場所ですものね」
 
 しかもかなり偏差値の高い者しか入学できない。
 経験のあるハイスペックしかいないのが西雲学園芸能科。
 最初から一つ一つ教えていくのが東雲学院芸能科。
 ある意味西雲学園では学ばない内容もしっかり授業でやるのが東雲学院芸能科なので、炎上回避も東雲学院芸能科の生徒なら上手いはず。
 
「とか言いますけど、炎上する時は炎上しません?」
「まあ、それはそう」
「そうですねー。俺もこの間、鏡音くんが変質者を蹴り上げた時にフォローしちゃって父に怒られました。この世には正当防衛であっても暴力の肯定を許さない過激派もいるのだから、迂闊なことを言うな、と」
「ああ、いるよな。自分の身は他人が守ってくれると思っている層。そんなわけないのに」
 
 石動の言葉――というよりも声に込められたものが強く感じる。
 淳は親にとても守られていると思っているし、東雲学院に入学してからは先生や先輩にも大事に守られていると思う。
 だから淳も後輩を守ろうと思っていたし、その気持ちから鏡音の時は少し暴走してしまったか。
 
「ま、よそグループのことなんてどうでもいいけどな。とりあえず俺たちのことだろ。松田はとにかく体力が足りない。体力はいくらあっても困らねぇし、ダンスの練度もどんだけ高くたっていい。綾城たちが調子こいてやがるあとから出てきてそれ以下なのは許されねぇんだから、気合い入れ直して午後のレッスンやるぞ」
「そうですね。梅春先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん。まあ、社長に企画を採用してもらったし……やるよ」

 思わず石動と顔を見合わせる。
 今まであまり乗り気ではなかった松田の態度が、そういえば今日はずっとやる気があって頑張っているように見えたが、そういうことだったのか。
 先程社長も「松田くんが企画を出してくれるので」と言っていたので、企画採用が松田にとっての“ご褒美”なのだろう。
 
「で、お前ちゃんと土曜に休み取れたの?」
「取れました!」
「じゃ、ゆっくり観てくれば? 俺は行かないけど」
「本当に来られないんですか? 玉置先輩が出演されるのに」
「いいよ別に。縁があったら勝手に会うんじゃね?」

 そういうものか?
 だが石動がそう言うのなら、淳からはなにも言えない。
 どうも先程から、石動の機嫌が悪そうだ。
 機嫌が悪いというか――

(なんだろう……考えることを、嫌がっているような……?)

 石動もまた、社長と同じく『不思議なこと』と関わりのある側の人間だ。
 そちらの『世界』のことは、『見ざる言わざる聞かざる』を徹底することにしている。
 一度踏み込むともう出られない。
 普通の生活はもう送れない――と。
 それなら、これ以上踏み込むことはできない。
 けれど――

(俺はリーダーなのに、本当にこのまま上総先輩の世界を見て見ぬ振りし続けていいのだろうか……?)
 
 石動と松田の間を取り持つために淳が“リーダー”に任命された。
 社長は「今の淳には無理」と断言していたが、では――今よりもっと二人を理解できた“音無淳”ならできるということ。

「あの……上総先輩は……上総先輩の生きている世界について聞いても大丈夫ですか?」
「やめとけ」

 即答。
 明確な拒絶ではなく、思いやりによる静止のように思う。
 踏み込むことは普通の生活から離れるということだろうから、と。
 
(やっぱり優しいんだよね……上総先輩)

 だがそれならどこまでこの人に寄り添うのが正解なのだろうか。
 こういう人が側にいる人に聞いてみるべきか。

(いや……神野栄治様がもう教えてくれているよね。見ざる、言わざる、聞かざる。……知らないふりをすること。それがお互いのため。隣人としてできる思いやり)
 
 それならば神野栄治に倣って自分も彼をよき隣人として理解だけはしよう。
 それが彼という人間を尊重することになるのだろうと、そう信じて。

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