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色気とは
しおりを挟む「色気、出せます?」
Frenzyのレッスンがほぼ終わる時、プロデューサー兼マネージャーの槇湊が笑顔で淳と松田に聞いてきた。
タオルで汗を拭いつつ、水を飲もうとした手が止まる。
色気。
「「色気」」
混乱して、聞き返してしまう淳と松田。
そして目だけでアイコンタクト。
「「い……色気…………」」
二人で絶望感を滲ませながら呟く。
お互いに存在しないものを求められて絶望している顔だ。
「確かに色気がねーんだよな。まあ、オタクと色気は対極の存在だから仕方ないねー」
と、半笑いの石動。
一人だけ名前を呼ばれてないからって余裕の表情である。
ただ、淳は知っていた。
今年卒業した三年生たちの中でも『トップ4』は全員高校生とは思えない色気がある。
もちろんお色気筆頭といえば魔王軍元魔王、朝科旭だが。
綾城珀も、石動上総も、大久保結帆も、独特の色気がある。
なんというか、綾城と大久保はいかにも正統派の『大事にしてくれる感じの彼氏』風の色気というか。
朝科と石動は『触るな危険な男の色気』というか。
「上総先輩はどうやってそんな色気を出しているんですか!?」
「色気って簡単に言うと異性同性関係なく、セックスアピール……俺に欲情しろって言ってるようなもんなの。オタクはその対極。推しだのなんだのに貢ぎ倒して自我を捨てて貢献することに夢中になって、忠誠心捧げているようなモン。そこになんで色気が生まれると思うよ?」
「「ぐっ……!!」」
一撃で沈められるオタクたち。
あまりにも、あまりにも正論すぎる。
オタクは推しに捧げられるものを捧げる下僕でしかなく、オタクを翻弄する側である石動は、このようにオタクを容易く握り潰してしまう。
要するにオタクは枯れているのだ、基本的に。
なぜなら推しにいろんなものを捧げているので。
「し、しかしその、セック…………って、言い方もどうかと思う……!」
珍しくオタクくんがヤンキーに言い返した。
当然のように「ふん」と鼻で笑われる。
「セックスも恥辱で上手く言えないなんて、もうそこからダメだろ。淳は演技すれば出せそうなモンだけど、梅春は演技もできないのに『Paralyze』、どうやって歌う気だ? それでなくともお前、Vtuberの3Dとかいうので俺らよりも色気出すの不利なくせに」
「うぐぅ!」
「そうなんですよね」
石動、追加爆撃。
撃沈の松田。
槇が溜息混じりに腕を組む。
そもそも槇がそんなことを言い出したのは、覚える課題曲四曲目、『Paralyze《パラライズ》』が大人の色気を出すダンスと曲調。
歌詞もなかなかに際どい、『いい子』では歌えない曲なのだ。
一応曲のセンターは石動上総。
しかし淳と松田にもそれぞれ見せ場がある。
そこが上手くなくて、槇に突っ込まれたというわけだ。
「音無くんは、出せます? 色気」
「う、うーーーん……ちょ、ちょっと待ってくださいね……ちょっとセットします……」
頭の中で、色気のある人たちをリストアップ。
神野栄治、朝科旭、雛森日織、檜野久貴、綾城珀、花崗ひまり……。
「ちょっと……ちょっと待っ……うっ」
「どうした?」
「お、思い出して……はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと失神しそうになってて……」
「なんだそれ」
神野栄治の『おいで』の思い出しだけでこの威力。
心臓が痛すぎて床に四つん這いになってしまう。
気を緩めると鼻血を出して失神しそう。
演技ならイケると思ったが思い出す対象が過激すぎて淳のスペックをオーバーキルしてきた。
「これは予想外に長引きそうですね。次の課題曲も同時進行で覚えていってもらった方がよさそうかな?」
「そうだな。次の課題曲は淳センターの曲か。ま、俺は合わせられるけど」
「少し難しいダンスの振付が入りますけど、大丈夫ですか?」
「舐めるなよ」
「石動くんは優秀ですね。自信家で、自尊心も高い。そのくせプロとしての意識が低くてアンバランス。精神的に不安定なところもあるし、そういうところが可愛くて放って置けない」
「キッショい」
一刀両断。
しかも、石動の目がマジ。
慌てて立ち上がって、石動と槇を宥める。
どうにも槇は、石動の神経をわざと逆撫でするような言い方をする節があった。
それでなくとも石動と松田の相性も微妙なのに、淳たちをサポートするはずの槇がこれでは淳の胃に穴が空きそうだ。
「色気については神野さんに講師をお願いしますか。予定を聞いておきます。それまで各自で色気の練習を続けておいてください」
「へ?」
聞き間違いか?
今「神野栄治に色気の講師を頼む」と言ったのか?
「まっ! 待ってください、槇さん! 神野先輩は、俺が無理です!」
「無理とは? なにが無理なのですか?」
「こ、神野様の色気セリフとか生で見たら絶対に気絶する自信しかないです! 出血多量の鼻血で死ぬかもしれないです! だから無理です! 俺は年季の入った神野栄治オタクなんですよ!? “神”を前に俺が無事でいられるわけがないでしょう!?」
「え?」
「は?」
「…………」
割と、ガチでの訴え。
涙目で訴えた時、ぎい、とレッスンルームのドアが開いてジャージ姿の神野栄治が笑みを浮かべて「へーーー」とドア縁に寄りかかる。
(終わった……)
なんで神野栄治がここに。
なんて、同じ事務所の同じフロアのレッスン室を使っていたからに他なるまい。
「ジーくん、俺のことは『先輩』か『お兄ちゃん』って呼んでもいいよって言ったのに。相変わらず距離を作ろうとするんだね? 悲しいね?」
「ち、ち、違っ……!」
「それになんか面白い話してたね? 色気の講師? 俺、別にお色気担当ってわけじゃないんだけど」
「それは嘘でしょう?」
槇、真顔で聞き返す。
神野が目を細めて一瞬で嫌悪の表情に変わる。
「あのね、アンタ確か作家かなんかでしょ? 現場のこともよく知らないくせに否定から入るってどういうこと? 喧嘩売ってんなら買うけど」
「い、いえ、そういうつもりは……」
「だったら黙っててよね。畑違いの人間が口出してくるのが一番ムカつく」
ふっ、と不機嫌そうな表情から一変。
優美に微笑んで、見下す。
石動もごく、と息を呑むほどに、完璧な色気の溢れる残酷な笑み。
「……その、ですが、やはり淳くんと梅春くんには色気が足りなくて、課題曲に躓いているのです。先輩として、少し指導をしていただけませんか?」
気を取り直して槇が交渉を始めやがった。
だから、本当に淳は無理なのだ。
現に腰が抜けて立てなくなっている。
栄治が無表情になって、腕を組んで少し考え込む。
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