ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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歌えなくてもできること

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「治らんなぁ? もう二週間なのに」
『お医者さんにも焦っちゃダメって言われてる』
「まあ、それはそうだよなぁ。で、花房と狗央はどうしたん?」
 
 天皚が後ろの席の淳に声をかける。
 淳も二人の席をそれぞれ見回す。
 一度目を閉じて、スマホに返事を打ち込んだ。
 
「――へえ、一年だけの新曲貰ったんだ? スッゲー! やっぱ大手最古参はそんなことできるんだ~」
『その練習がハードすぎて疲れてるんだと思う』
「そ、そうなんだ」
 
 ごくり、と生唾を飲み込む天皚。
 体力を全部使い果たすまでダンスをさせられ、体幹を鍛える練習をさせられている。
 魁星と周は淳よりも経験がない。
 あの二人の様子を見ていると、同じ練習量なのに一晩眠ってほぼ全快しているのも演技の練習と神野栄治を真似して毎朝ランニングしていたことは十分身に成っていたんだな、と自分で驚いてしまった。
 基礎体力が違うのだ。
 それがわかってきた宇月から、段々きつい態度は魁星と周に向けられて淳には事務的な指南が増えてきている。
 主にリーダーとして必要な手続きや、レッスン室を掃除する業者の立ち合いについてや、定期ライブで必要な手配のやり方、グッズや食料品業者とのやり取り、仕事関係で学校との手続きや配信チャンネル管理などなど。
 綾城が仕事の方にかかりきりになりつつあるので、宇月と淳で他メンバーのサポートや統括、施設管理をしている状態。
 唇を尖らせて「すぐ辞めるでしょ」と言われてキツイ態度を取っていた宇月から「ねえ、ちょっと次のお料理配信のレシピと収録の件なんだけど~」と相談してもらえるのが嬉しい。
 歌の練習が一切できないので、自分にできることがあるのはありがたくもある。
 もしかしたら宇月にも見抜かれて事務仕事を振られているのかもしれない。
 
「どうかしたん?」
 
 スマホが鳴る。
 宇月からの呼び出しだ。
 天皚に『先輩から呼び出し』とスマホ画面を見せて、荷物を持ちあげ手を振って教室から出る。
 六月の定期ライブは『魔王軍』麻野ルイから後藤に対して決闘の申し込みがあった。
 決闘に関して申し込まれた側の準備は申し込まれた個人以外のメンバーは、特にすることはない。
 が、しかし後藤は夏の陣に向けて七人分×新曲二曲分の新衣装を作成中。
 新曲の練習以外に決闘課題曲の練習が入ったため、そのサポートを宇月と淳で行っているのだ。
 今月の星光騎士団ワイチューブチャンネルで『ナイトキッチン』というお料理動画を上げる担当が、後藤だった。
 宇月が急遽代打を受け、本日はその撮影日。
 動画編集も淳がやることになっているので、後学のために撮影機材についても今から学ぶ予定。
 調理室に行くと、宇月と花崗がいた。
 まさか花崗までいると思わず目を見開くと、ニコニコ「ちょりっすちょりーす。ひまりくんやでー」といつもの挨拶。
 
「なんやめっちゃ忙しいみたいやん。わしが手伝ってやるで~」
「ひま先輩、一応進学予定なんでしょ? ちゃんと試験勉強しなよねぇ」
「あ~~~~~はははははは」
「笑ってごまかさない方がいいってぇ。まあ、今日は来ちゃったから手伝ってもらうけどぉ。じゃあ、ナッシー機材について説明するね。こっち来て」
 
 コクコク頷いて撮影機材について説明を受ける。
 今回は配信ではなく動画撮影なのでハンディカメラで撮影して、動画をPCに取り込んで文字入れや切り貼りを行う。
 そのカメラの使い方を教わり、さらに料理のサポートをこうしてほしい、など。
 台本は今回作っていないので、こうこうこういう流れで進めるね、という相談も。
 声の出ない淳にもできる手伝いなので、やっぱり宇月は優しいなぁ、と確信。
 
「来月はひな先輩の誕生日があるから、先輩の食べたいケーキについて最後に聞くねぇ? 考えておいてよ?」
「おーん、そういやぁそやったなぁ。やっぱチーズケーキやろか。ベイクドチーズケーキ」
「じゃあ撮影開始しまーす。」
「聞いておいて無視かいな」
 
 お洒落だ……。なんて考えつつ撮影が開始する。
 本日作るのはほうれん草キッシュ。
 さすが星光騎士団の二、三年。手際がサクサク。
 NGらしいものも特になく、最後に三人で映像をチェックしてから宇月に「ここをこう編集してほしいな」といくつか指示をもらいメモを取ってカメラごとお持ち帰りする。
 練習棟、星光騎士団フロアの映像室で、編集作業をすることにした。
 
「そういやあ、SBOのレイドイベントって今月三十日までやっとるんやって?」
「(コクコク)」
「本当に時間のできた星光騎士団の先輩がライブしてたのかなぁ?」
「(コクコク)」
「結局レイドイベントってどないなもんなんやろ? わし、今夜少し時間取れそうやしログインしてみよかなぁ。珀ちゃん最近勝ちで練習忙しそうやし、ゲームの時間も取れへん言うとったから今のうちに強ぅなって見返したい気持ちあんねん」
「あー、僕もログインしちゃおうかなぁ。うっかり柚子様にも遭遇できちゃったりするかもだし!」
 
 チラ、と淳の方を見る花崗と宇月。
 その含みたっぷりな笑顔に「曲の練習しとけ」が滲みまくっている。
 練習につき合ってくれる、ということらしい。
 じんわりと先輩たちの優しさに胸が温かくなる。
 コクコク、と頷くと花崗に頭をガシガシ撫で回された。
 
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