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アイドル第一歩(6)
しおりを挟む花房が言ってしまったことで、他のメンバーの表情が険しい。
空気が重々しくて、淳は下唇を上唇に押しつける。
「へー。じゃあ音無はバックダンサーできるってことなんだ? なあ、お手本見せてよ」
「え? あ、うん。いいよ?」
「即答かよ」
「じゃあお手本よろしく」
にやにやと聞くと笑う阿部。
その姿に、少なからず悲しい気持ちになった。
けれど、先輩たちはすでにこの中の何人かは残らないと予想している。
だから、淳も覚悟しなければならない。
この中の何人かを、見送る覚悟を。
「――――」
一人、スタジオの真ん中に移動して狗央がパソコンを操作し曲を流し始める。
歌の入っていない、カラオケ音源。
マイクなしだし、声変わりで思った音程が出ない。
痛みはないがしゃがれ声が時折出てしまう。
それがひどく、ストレスだ。
それでも歌詞は間違えないし、振付も完璧に踊ることができた。
ファーストシングルが終わってから、セカンドシングルも続けて流されて、そのまま踊って歌う。
ソロパートのやや高いところは軽い咳が出てしまった。
「――以上だよ」
「う……歌下手だなー、音無」
見本でやってみろ、と言った阿部が乾いた笑位を浮かべながら、目を逸らしつつ第一声にそんなことを言う。
阿部の感想に、浅見と大川も便乗して「マジでよく受かったな」「歌も振付も覚えてたからじゃね?」「それにしたってあの歌はひでーよ」と笑い始めた。
(……そんなの……俺だって)
声変わりが始まる前はこんなことなかった。
ベースキーよりプラス2くらいだが、音程も完璧に歌えていたと思う。
受験が始まってから、少しずつ喉の違和感が強くなり、体の成長と共に喉仏が張ってきて声も出しづらくなったのだ。
声変わりは個人差もあり、淳はおそらく長引いている方。
ハミングで声帯周りの筋肉を鍛えるといい、という記事を見かけてから風呂の間試していたりもする。
それでも、まだ歌は戻ってこない。
少なくとも高い声は出せなくなるので、同じように歌うことは二度とできないだろう。
それでもせめて、また安定して歌えるようになれば――と思わない日はない。
「確か音無は声変わり終わっていないんですよね? 無理な歌唱は喉への負担になって、声変わりに影響が出かねないとネット記事で読みたしたよ。大丈夫ですか?」
「え? そうなん? マジ? じゃあ無理して歌うことなかったのに! 喉大事にしないとダメじゃん。のど飴舐める?」
「え? あ、ありがと……?」
狗央と花房が飴をくれた。優しい。
受け取って素直に舐める。
だが、阿部たちはあまり納得した表情ではない。
飴を舐めながらも違和感のある喉に触れながら、水を一口飲み顔を上げる。
「とりあえず、俺は声変わりが終わるまで人前で歌は歌えない。星光騎士団は歌唱力の高さも定評があるグループだから、泥を塗ってしまう。だから、俺は後列でダンスを担当するよ。八人いるから四人ずつ前後で分かれよう。前列は歌とダンスを担当」
「なら、俺は前列組をやる!」
「俺も!」
「おい、前列はみんなやりたいに決まっているだろう!」
「そうです。前列は歌詞を覚えた順で埋めていけばいいと思います。一応、我々は音無より格下。彼に判断してもらいましょう」
と、阿部たちを半目で睨みつける狗央。
その様子にたじろぐ阿部たち。
「音無もそれでいいですか?」
「あ、う、うん。とにかく五月四日のライブオーディションに間に合わせよう。みんなもそのために星光騎士団の試験を受けたんでしょう?」
「当たり前だろう!」
と、怒鳴るのはB組の藤堂。
この場の全員、ゴールデンウィークのライブオーデションで事務所所属になるのが目的。
残りは土日を含めても十二日しかない。
本当ならこんな口論をしている時間すら惜しいのだ。
「じゃあ、とにかく歌詞を覚えよう。今日は歌詞、明日はダンス、明後日は歌詞と交互にやっていこう。五日目以降は歌とダンスを合わせる。それで一週間後に間に合わせよう。音無にはその監督を頼みたい。それでいいか?」
「俺っちは狗央に賛成。二曲分だし、最悪一曲だけでも完成させねーとだろ」
「ああ、そうだな。音無、監督役を頼む」
「わ、わかったよ」
というわけで今日は歌詞の暗記に努めることになった。
MVを鬼リピートしながら、淳が慌てて歌詞を書き出してパソコン室にあるコピー機から人数分枚数コピーして手渡す。
あとの時間はひたすらブツブツと歌詞を呟き続ける八人。
ちょっと怖い。
「あー、きちぃー! 俺っち体動かしながらじゃねーと覚えらんねぇー! 音無ぃー、ここの振付教えてー」
「え? う、うん、いいよ。どこ?」
「最初から」
「最初からかぁ」
MVは流しっぱなしだが、淳にしがみついてきた花房が曲入りからAメロ、Bメロ部分の入りまでの振付をゆっくり歌詞と合わせながら教えていく。
体を動かしながらでないと覚えられない、というタイプの人もいるのかぁ、と感心しながら歌詞の紙を置いて踊る。
「ふゆーの、星空はー♪ のところで腕を上げながら、左足を前に」
「うんうん」
「鮮明に~、で一回転」
「もう一回最初からいい?」
「いいよ」
前奏開始の時のポーズから、鏡を見ながら動き出す。
花房がそれを真似してくれる。
同時にやるからなのか、花房はあっという間に前半をスムーズに歌いながら踊れるようになってきた。
「音無はマジ後列でいいん?」
「うん。歌うとやっぱり喉がきついから。声変わり中に無理をしてしまうと、後々大きく影響しちゃうんだって」
「そっかぁ」
「声変わりが終わるまでは――」
歌は歌えない。
そうなると、SBOでの歌の練習も無理しない方がいいのか。
悩みつつ、それはそれとして殺陣の練習にはなるしなぁ、とゲームはまたそのうちログインすることを決定。
それに――
(フルダイブに変更すれば体の負担はなくなるか。フルダイブならフルフェイスマスクつけなくてもいいし、今度ログインする時はフルダイブにしよう)
今は目の前のライブオーデションを目標。
歌えない以上、他のメンバーより注目度は低いのだから振付の経験を活かしてアピールするしかない。
「頑張らなきゃ」
「おう! だな!」
「うん」
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